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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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追憶の惨劇と契り篇
  45.無力対神意

 
前書き
今回はタイトル通りです。

無力な人間は真祖クラスの吸血鬼を倒すことができるのか? 

 
 

「ちょ、ちょっとキミ!!」

 後方から聞こえる少女の制止の声を振り切って彩斗は非常階段へと駆け下りる。階段の一段一段などもはやどこを踏んでいるのかわからないほどに急いでいた。何度か段を踏み外したが手すりにすがりついてなんとか転倒を防ぐ。
 どうしてここまで走っているのだろうか。なぜまた危険な場所に向かおうとしているのだろうか。
 ……それは彼女のせいだ。
 先ほどまでは、誰かが彩斗をあの場所に行かせようとしていた。しかし今は違う。自らの意思であそこへと向かおうとしていた。

「……なんでだよ……なんでお前が……」

 呟いた。必死で考えるが答えは出ることはなかった。言葉にするがそれで答えが出るわけもない。
 後ろからは先ほどの少女の声と鉄の階段が靴とぶつかり合う音が連続して聞こえてくる。彼女も彩斗を追いかけて来ているようだ。
 しかし彼女を待っていられるほどの心の余裕などなかった。
 駆け下りた先にあったのは錠が破壊された扉だった。入ってくるときに急いでいたので閉めていなかったはずの扉が閉まっている。先ほどの津波の影響で閉められたのだろうか。
 その扉へ右肩から突っ込んで突き破った。身体は、突進の威力を残したままで道路へと侵入した。
 地面が濡れている。一歩踏み出すたびにベチャ、という水溜りを踏む不快な音とともにズボンの裾に水飛沫が飛ぶ。そんなことにまで気など回らないほどに彩斗は焦っていた。
 考えは未だまとまらない。ケンジュウの上に乗って同じケンジュウと戦うクラスメイトの姿。シシオウキカンの少女によれば、化け物(ケンジュウ)を操れるのは吸血鬼だけということだった。ならばなぜ柚木はあれを操れるのだろうか。それは彼女が人ならざる者であるということなのだろうか。
 多分、その疑問を本人から直接聞くために彩斗は彼女の元へと向かっているのだろう。

「…………ん?」

 その時だった。わずかな違和感に気付いた。
 あの場所へと近づくにつれて息苦しさを感じる。それは居心地が悪いのではなく文字通りの意味だ。
 息が苦しい。空気中に窒素と酸素、そしてわずかな二酸化炭素以外の何かが空気中に多く漂っているような感じだ。
 ───いや、違う。この感じは……

「まずい……ッ!!」

 彩斗は進行方向を反転し先ほど来た道へと変える。少女は予想外の行動に慌てている。そんな少女の手を握りしめ、走り出す。

「ちょ、どうしたの?」

 ───このままじゃまにあわねぇ。
 一か八か半ば飛び込むようにして少女とともに建物の間に飛び込んだ。それとほぼ同時にとてつもない轟音が大気を震わせた。轟音は膨大な熱量を撒き散らしながら辺りの建物を一瞬にして吹き飛ばしていく。反射的に少女に覆いかぶさるような形で倒れこんだ彩斗の背中に熱風が襲いかかってくる。熱さと痛みが同時に痛覚を強烈に刺激する。
 瓦礫が幾つも降り注いでくる。

「……だ、大丈夫……か?」

 彩斗の下にいる少女は、見た限りでは傷は負っていないようだ。安堵感からか力が抜けて倒れそうになる。それをギリギリで耐え少女の横に座り込む。

「それはこっちのセリフだよ!?」

 少女は起き上がり、彩斗の元まで駆け寄ってくる。

「まぁ……なんとなくは、大丈夫だ。イテッ!」

 少し動くだけで痛覚を激しく刺激する。

「背中怪我したの!? ちょっと見せて」

 とても慌てている少女は彩斗の背中まで回り込んだ。このくらいなんともない、と強がりたいところだったが今回はそうもいっていられない。

「ごめんなさい……ボクのせいでこんな……」

「あんたのせいじゃない。俺が勝手に動いたのが悪いんだ」

 痛みに堪えながらも笑みを浮かべる。いつも以上に不器用な笑みであったであろう。

「……ふぅー……よしっ!」

 一度深く息を吸い込んでから気合を入れ直して立ち上がった。痛みが走るのを歯を食いしばって無理やり押さえ込んだ。そして先ほどの爆風で倒壊仕掛けている建物の壁に手をつきながら再び柚木の元へと向かおうとする。
 だが、彩斗の身体は意思に反して言うことを聞かずに膝をついて崩れる。

「その怪我で動くのは無理だよ! ボクが支えるから安全なところに行くよ」

 少女は彩斗の横まで駆け寄ってきた。そして華奢な身体がボロボロの彩斗を支える。彼女が安全な場所へと向かおうとするのを残っているわずかな力で踏ん張って抵抗する。

「いや、行かなきゃいけないんだ。あいつの元へ……行かねぇとダメなんだ」

「なんでそこまでしてあの場所に行こうとするの?」

 静かな声で少女は訊いてくる。たしかにその通りかもしれない。彩斗がここまでの傷を負っても向かう意味などどれだけ思案しても本人すらわかっていない。それでも向かわなければならないのだった。

「俺もわかんねぇよ。それでも大切な友達が危険な目にあってるんだ。助けに行くのが当然だろ」

 少女は表情を曇らせた。そしてトーンを少しだけ落として真実かもしれない言葉を呟く。

「…………その友達が人間じゃなくても」

 そうだ。多分、柚木は人ではない。人の形をした人ならざる者だ。

「それがどうしたんだ?」

 彩斗はきっぱりと言い放った。
 ───そうだよ。それがどうしたんだ?

「人間だから助けるとか、化け物だから助けないとかじゃねぇんだよ」

 不敵な笑みを浮かべ、彩斗は言葉を吐いた。

「それに誰かを助けるのに理由なんていらねぇだろ」

 柚木の正体がなんであれそれは本人に直接聞けばわかることだ。今、彩斗がやるべきことは一つだけだ。
 ……彼女を助け出すことだ。
 痛む身体に鞭を打って壁に手をつきながら歩き出す。

「ちょっと待って」

 首だけで振り返った。振り返った先に映った光景に彩斗は目を疑った。少女は銀に輝く刃をこちらに向けている。
 自分勝手な行動をした彩斗を始末する気なのだろうか。そうでなくても彼女の言うことを聞かないのです少し痛めつけてでも安全なところに避難させるつもりだろう。
 少女が銀の刀を握ったまま一歩一歩近づいてくる。逃げようにも足があまり動かず、じわじわと距離は縮められる一方だ。

「少し痛いかもしれないけど我慢してね」

 少しどころの騒ぎすむわけがない。せめてもの恐怖心を見ないようにして紛らわそうとするが首は強張って動こうとしない。
 そんな恐怖に彩斗がかられる中、少女はゆっくりと目を瞑り、何かを呟き出した。

「───獅子の御門たる高神の剣帝が崇め奉る」

 それは祝詞だ。銀の刃は祝詞に合わせてその輝きを増していく。先ほど襲いかかってきた激流をたった一太刀だけで防げるほどの威力を持つほど強大な魔力。

「虚栄の魔刀、夢幻の真龍……遠矢(とうや)(やまい)を断ちて破滅せし未来を救い給え」

 輝きを増した刃がゆっくりと彩斗の背中に降ろされた。わずかな痛みが背中を走る。それと同時に暖かな光が彩斗の身体を包み込んだ。とても優しい光はいつの間にか背中の痛みを忘れさせるほどだった。

「ゴメンね。ボクの魔力じゃこの程度しか回復させてあげられない」

「……回復?」

 その二文字が引っかかった。そこでようやく鈍感な彩斗は気付いた。少女は彩斗を痛めつけようとしたのではなくその逆だった。傷ついた身体を癒してくれる術式をかけてくれたようだ。一瞬でも殺されるなどと思った少し前の自分を恨みたい気分だ。

「悪いな、何度も迷惑かけて」

 彩斗は少女に方へわずかに頭を下げて地を蹴り、走り出そうとした。しかしその瞬間、足がもつれるように倒れた。

「まだ動くのは無理だよ!?」

 倒れた彩斗にすぐさま駆け寄ってくる少女。

「本当なら魔力と傷を癒す術式なんだけどボクの魔力じゃ完全な回復は無理なんだ」

「は……は、ぁ……それでも行かねぇと」

 本調子ではないとはいえ、動けないわけではない。ならば動かなくてはいかない。行かなくてはいけない。
 誰かの言葉を信じたわけではない。彩斗は自分の意思であの場所に向かうのだから。

「……ボクが行くよ」

 足に力をいれて立ち上がろうとした瞬間に少女は呟いた。

「え……?」

 少女の言葉を理解するのにわずかだが時間がかかった。不意に理解した彩斗が口にできたのは、え、という一文字だけだった。

「この路地をまっすぐ抜ければ少しは安全な場所に出ると思う。そしたら多分ボクの仲間がキミを助けてくれるはずだから」

「あんたは?」

 もう理解していたはずだった。しかし口から出たのは彼女への問いかけ。

「ボクは彼女を助けに行く。本当は戦闘への介入は禁止されてるんだけどね」

 頭を掻きながら苦笑いを浮かべる少女。
 少女はゆっくりと立ち上がり、刀を握り直した。

「キミの友達は絶対に助けるからね」

 笑みを浮かべていた。その笑顔には恐怖の感情が見えた。彼女も怖いのだ。それでも恐怖を振り切って向かおうとしている。
 止めたい。俺に任せておけ、と言ってやりたかった。
 しかし、彩斗にあの場に行って戦えるような力もなければ、目の前の恐怖を振り切って行こうとしている少女を止めるような言葉もかけられなかった。

「それじゃあ、またどこかでね」

 そう言い残して少女は路地から飛び出していった。

「ま…………て……」

 そんな言葉にもならなかった言葉が暗闇に四散した。




 闇夜には暗雲が立ちこめだした。今にでも雨が降ってもおかしくなかった。そんな下で二つの強大な魔力の塊がぶつかり合い大気を激しく震わせた。
 その度に吹き飛ばされそうになるのを必死で堪えて、未鳥柚木は叫んだ。

「眼を覚ましてください、海原さん!!」

 しかしその声は届くことはなかった。再び、凄まじい勢いで突進してきた一角獣(ユニコーン)をギリギリのところで“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”が回避する。
 どうすればいいのかがわからない。
 “神意の暁(オリスブラッド)”が従えし四番目の眷獣、“海王の聖馬(ポセイドン・ユニコール)”を使役している青年、海原界(うなばらかい)。彼をどのようにして止めればいいのかがわからない。

『柚木ちゃん、大丈夫!』

 耳の通信機から女性の声が聞こえる。

「はい、なんとか大丈夫です。そっちはどうですか、美鈴さん?」

『こっちはアレイストさんが今、九番目と交戦中』

「……九番目」

 最悪の展開だった。
 九番目の眷獣、“戦火の獅子(アレス・レグルス)”───“神意の暁(オリスブラッド)”が従える中でも最高の破壊力を誇る眷獣だ。そんな化け物と戦えるのはアレイストしかいない。向こうの戦いが先に終わったとしても九番目を相手にした後に再び戦うのは無理であろう。美鈴は建物の霧化で手一杯。つまり加勢が来ることはまずないということだ。
 一人の力だけで彼を止めることができるだろうか。
 その時だった。アテーネが突如として咆哮し、柚木の身体を翼で覆った。それとほぼ同時に今までに轟音が響いた。膨大な熱が翼越しに柚木の肌へと伝わってくる。梟は苦痛の声を上げながらも覆っている翼を解くことはしない。

「大丈夫、アテーネ!?」

 小さな鳴き声とともに“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”は元の魔力へと姿を戻し、消滅した。

「────ッ!?」

 思いもよらなかった光景に柚木は言葉を失った。この街の一帯の建物らは美鈴が従える五番目の眷獣、“純愛なる白兎(アフロディテ・ダット)”によって霧化させられて質量を失っている。質量がなければ、いかなる攻撃の影響も受けないはずだった。しかし柚木の視界に映ったのは、霧化させられていた建物の窓ガラスは粉々になり、鉄骨がむき出し、所々えぐられているように消滅した部分さえあった。
 この時改めて思い知らされることになる。“神意の暁(オリスブラッド)”同士の戦いにおいては霧化など無意味なのだということ。
 柚木はジリジリと接近してくる海原に合わせて後退する。
 彼の目からは人らしさという感情が一切感じられない。これが眷獣に乗っ取られた吸血鬼の姿なんだ。自分もあのような状態になれば対等に戦うことができるのだろうか。その力で大切な人たちを守れるなら暴走してもいい気がしてしまう。
 柚木は覚悟を決め、拳を固め、海原を睨みつけた。彼も自分の意思でこんなことをしているわけではない。ならば彼も救い出さなければならない。

「ぐあぁぁぁ───ッ!?」

 海原が獣のような咆哮をするとともに空気中に散らばっていた水分が形を形成していく。それはクナイの形状へと変化し飛来してくる。ギリギリのところで回避し、次のモーションへと移行しようとした瞬間だった。目の前を覆い尽くすほどの水の塊が柚木へと襲いかかろうとしていた。
 “真実を語る梟(アテーネ・オウル)”は先ほどのダメージで現出させることはほぼ不可能。霧化された建物へ隠れることはできない。もはや柚木に回避する手段などなかった。
 “神意の暁(オリスブラッド)”から放たれた魔力は他の吸血鬼の眷獣たちの魔力とはわけが違う。吸血鬼の肉体を砕き、不老不死の肉体を持つ真祖さえも殺すことができる。中には“神意の暁(オリスブラッド)”のことをこう呼ぶ者もいた。
 ───《真祖殺し》
 そんな魔力の塊が肉体に直撃すれば、ただではすまないだろう。しかし今の柚木にあれほどの水塊を回避する手段はない。
 柚木は少しでも負荷を軽減するために身体を縮める。この攻撃は前兆にすぎないのだから。確かに魔力によって高められた津波なら吸血鬼へと有効な手とはなるが致命傷とまではならない。せいぜい出来て足止めと大きな隙を作り出すことくらいだろう。
 ならば考えられることは、次に強力な魔力攻撃がくるはずだ。今備えるべきはそちらだった。
 だが、本当はこの先に何が起きるかも柚木にはわかっていた。
 わずかに死を覚悟した柚木は一瞬だけ、少年がよぎった。気怠そうな顔をした少年。出会ったときから柚木のことを気にかけ、何度跳ね除けても歩み寄ってきた少年。
 自分が死ねば、彼は悲しむだろうか。
 これならば……、と思った。その瞬間、小柄な人影が柚木の前に現れた。
 綺麗な黒髪が靡く少女だ。その手には銀色の近未来系の形状の刀が握られていた。
 柚木に背を向けて襲いかかってくる津波とその少女は対峙する。そして水の塊へと銀の刃を構える。
 ただの刀では“神意の暁(オリスブラッド)”の眷獣が巻き起こした津波を防ぐことなど不可能だ。

「逃げて───ッ!?」

 柚木はとっさに叫んだ。しかし少女はこちらに一瞥することなく銀の刃を振り上げる。銀の刃へと膨大な量の魔力が流し込まれた。
 そして津波へとめがけて刃を振り下ろした。
 その直後、津波が柚木たちを呑み込んだ。
 いや、呑み込むはずだった。膨大な質量の水の塊は中央から真っ二つに断ち切られ柚木たちの横を通っていく。
 たった一太刀で“神意の暁(オリスブラッド)”の巻き起こした災害を無力化出来るとは、目の前の少女は何者なのだろうか。

「大丈夫ですか?」

 津波を完全に防ぎきった少女が呼吸を乱しながら振り向いた。柚木より一つか二つ下くらいの年齢の童顔の少女。額には汗がにじんでおり、かなりの疲労が見られる。
 先ほどの防御にかなりの魔力を使ったらしく立っているだけでもやっとのように見える。

「私よりもあなたの方が大丈夫なの?」

「ぼ、ボクなら大丈夫です。それより早く逃げてください。ここはボクに任せて」

 少女は一瞬ふらつきながらも握りしめている刀を地面に突き刺して支えにする。

「全然大丈夫じゃないよ。あなたこそ早く安全なところへ」

 彼女の元へと駆け寄り、倒れそうになる身体を支える。呼吸に合わせて肩が上下する。
 そもそも“神意の暁(オリスブラッド)”の攻撃を受け止めただけでも凄いことなのにそこから戦おうとしている。それに今の彼女は戦えるような状況ではない。
 すると少女は小さな声で呟いた。

「彼と約束したから……あなたを……助けるってね」

「彼……?」

 誰だろう。柚木を助けようとしてくれている人がいるということなんだろうか。
 すると柚木は一人の少年の顔が浮かんだ。そんなことがあるわけなどない。
 柚木はあるはずのない考えを振り払う。

「うがぁぁぁ────ッ!?」

 すると再び、海原が咆哮を上げる。この少女を動かした“彼”の存在が気になるがそれよりも今は目の前の彼をどうにかしなければいけない。
 このままでは眷獣に全ての魔力を吸い尽くされて最悪海原自身が死んでしまう。それだけはさせてはならない。
 どうにかして彼を止めなければいけない。
 しかし今の柚木の魔力では、再び“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”を出現させることはほとんど不可能だ。
 ならば方法を考えるしかない。自分を犠牲にしてでもどうにかしなければならない。
 その瞬間だった。“海王の聖馬(ポセイドン・ユニコール)”が咆哮する。大気が震えるとともに柚木の身体をとんでもない悪寒が襲いかかってくる。
 わずかな息苦しさ。

 ───これはさっきの……!?

 そう思った時にはもう遅かった。目の前を一瞬にして爆炎が覆い尽くした。膨大な熱量と熱風が辺りの建物を、地面を一瞬にして破壊していく。それは例外なく柚木たちも呑み込んでいく。
 すると少女が地面に突き刺していた刃を素早く引き抜き、爆炎へと刃を突き立てた。

「獅子の御門たる高神の剣帝が崇め奉る───」

 やや早口めの祝詞が少女の口から紡ぎ出されていく。爆炎は柚木たちの身体へ当たる前に黄金の翼によって全て無力化されていく。

「虚栄の魔刀、夢幻の真龍……神域の翼膜をもちて……闇夜を穿つ、力とならんッ!!」

 全ての祝詞が紡がれるとともにまるで何もなかったと言わんばかりに爆炎は完全に消滅した。
 二度も“神意の暁(オリスブラッド)”が起こした災害を防ぐとはこの少女は一体何者なのだろうか。すると少女の身体は全ての力が抜けたように崩れ落ちていく。
 倒れそうになった少女を必死で支えるが柚木も崩れ落ちる。先ほどのダメージが今頃になって響いてきたようだ。
 このままでは二人とも生きて帰ることはできない。
 海原自身もかなりの魔力を先ほどから使っているせいで疲労が見えてきたが、眷獣にはそんなこと関係ない。次に“海王の聖馬(ポセイドン・ユニコール)”の攻撃を防ぐ方法は柚木が眷獣を出すほかない。
 残された魔力だけで“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”を出現させられるかどうかはわからない。それでもやるしかないのだ。
 やれることは全てやってからだ。後悔するのはその後でもできるはずだ。
 柚木は自らの唇を犬歯で傷つける。チクリとした痛みとともに口内に鉄の味が広がっていく。それは吸血鬼が魔力を回復するために行う行為。人の身から吸血鬼へと変化するための行為だ。
 瞳が赤く染まり、犬歯が疼く。身体中の血が目の前の敵を潰そうとうずうずしている。
 右手を握りしめ、海原を睨みつける。鮮血を噴き出す右腕を突き上げる。

「“神意の暁(オリスブラッド)”の血脈を継ぎし者、未鳥柚木が、ここに汝の枷を解く───!」

 膨大な魔力が大気へと流れ出ていく。鮮血の魔力の塊が徐々に形を形成していく。

「光臨して、“アテーネ・オ───ッ!」

 その瞬間だった。凄まじい勢いで一角獣(ユニコーン)が突進してくる。膨大な魔力を感知してそれを阻止するべく攻撃してきた。異世界からの召喚中に激突した不完全な梟は一瞬にして姿を消した。
 それどころか一瞬にして消滅した“真実を語る梟(アテーネ・オウル)”では突進の威力を殺すことができなかった。一角獣(ユニコーン)は柚木と少女めがけて突進してくる。
 もはや打つ手など一切なかった。回避することもできなければ受け止めることもできない。
 せめて一瞬で死ねるように柚木は祈ることしかできなかった。せめて最後に柚木を守ってくれた少女を助けるために突き飛ばした。
 時間がゆっくり流れる。記憶が逆再生されていく。これが走馬灯という現象なのだろうか。
 そのどれもがここ最近の記憶ばかりだった。志乃や倉野木、そして彩斗とのことばかり。柚木にとっての幸せな記憶はこの半年だけだったのかもしれない。それでも本当に幸せだった。
 せめてもの心残りは彼に気持ちを伝えられないことだけだった。
 全ての覚悟を決め、柚木は静かに目を閉じた。
 視界を失われたいま柚木は自らの死までの時間を明確に表すものはなくなった。とても長く感じる時ももう終わる。

「……なにやってんだよ」

 誰かの声が聞こえた気がした。その声は柚木が会いたかった少年の声。しかしこの場に彼がいるわけがない。ついに幻聴まで聞こえた自分に呆れたその時だった。
 大気を震わす獣の咆哮が響いた。咆哮というよりは痛みに耐えるような絶叫に近かった。
 なぜ一角獣(ユニコーン)がそんな声を上げるのか。
 それに突進してくるまでの時間が長すぎる。
 柚木はゆっくりと目を開ける。

「え…………?」

 目を疑った。そんなことがあるわけがない。これは幻覚だろうか。
 …………しかしそこには彼がいた。
 黒の中に薄い茶色が混ざっている髪を靡かせ、その手には先ほどの少女が持っていた銀の刃を握りしめている。

「よっ! 柚木」

 軽い返事とともに不器用な笑みを浮かべる少年。
 緒河彩斗がそこにはいた。




「なんで……ここにいるの?」

 柚木は呆然としながら彩斗に訊く。
 そう言われるととても困ってしまう。なぜここにいるのかと言われれば柚木を助けに来たからだ。しかし彼女を目の前にそんなことを言えるほど彩斗は度胸はない。

「ま、まぁ……散歩かな?」

 誤魔化す台詞としては全く出来の悪いことだ。柚木は一瞬唖然としたと思うと我に返って怒鳴りつける。

「なんでこんな危険な場所に来たの!?」

「それはこっちの台詞でもあんだよ! テメェこそ何してんだ、バカ!」

「バカはそっちでしょ!」

 彩斗と柚木が言い争っている。すると誰かの叫びが響いた。それは先ほどの一角獣(ユニコーン)の咆哮に酷似していた。

「なんだ……?」

「海原さん!?」

 柚木が目を見開き、声を上げる。彼女の視線の先には誰かがいる。頭を抱え込んで喉が張り裂けるのではないかと思うほどに叫んでいる青年。
 とても正常な状態の人間の姿には見えない。それは何も知らない彩斗であっても彼が先ほどの眷獣を操っていた人物だと理解した。だが、それでも様子がおかしい。
 まるで何かに操られているのを必死で抵抗しているようにも見えた。

「眷獣が消滅したから海原さんの意識が戻りかけてるんだ」

 すると柚木が立ち上がろうとする。だが、足に力が入らないのか倒れそうになるのを彩斗が支える。だが、彩斗の身体も限界寸前だった。
 先ほどの少女からの治療を受けて少し離れたまともに動けるようになっただけで傷そのものが完全に癒えたわけでない。

「お互いボロボロみてぇだな」

「……今なら海原さんを助けられる。だから……助けない、と」

 柚木は自分のことよりも自分を殺そうとした相手のことを守ろうとしている。そんな気持ちなどどれだけ考えても彩斗にはわからない。
 それでも彼女が救おうとしているなら彩斗が取るべき選択肢は一つに絞られた。

「……俺が行く」

「え……?」

 柚木から小さな声が漏れた。
 支えていた手をゆっくり離して彩斗は海原と呼ばれた青年へと身体を向ける。
 彩斗が今から戦おうとしている相手は人間ではない。ただの喧嘩でも勝てる自信がないのに相手が不死身の肉体を持つ吸血鬼ならなおさらだ。だが、今の彩斗には不死身の吸血鬼(ばけもの)に抵抗する手段があった。
 彩斗を助けてくれた少女が持っていた近未来系の銀刀。柚木を助けようとした時にとっさに落ちていたのを拾い上げた。結果としてこの刀のおかげで柚木を救い出すことができた。
 強く刀を握りしめる。地面を強く蹴り上げ、海原と呼ばれた青年へ向けて駆ける。

「彩斗!!」

 柚木の声に振り向きもせずに彩斗は加速する。この刀なら海原の暴走を止めることができるはずだ。確証があるわけではない。しかしこの刀ならできる。柚木に襲いかかっていた眷獣を消滅させたのも銀の刀だった。魔力の塊である眷獣を消滅させられるなら眷獣によって暴走している彼を救い出すこともできるはずだ。

「ぐあぁぁぁぁ────ッ!?」

 海原の苦痛の叫びが響いた。
 空気中に散らばっていた水分が刃と化し、彩斗へと殺到してくる。それを銀色の刀が描く軌跡が、ことごとく撃ち落としていく。魔力をかき消された水の刃はただの水へと帰っていく。
 誰かが彩斗に次の攻撃位置を教えてくれているようだった。
 苦痛の叫びを続ける海原が飛び散った水分を再び集中させ、テニスボールくらいの大きさの弾丸が彩斗を襲う。その攻撃をかいくぐり、相手の懐へと侵入する。

「とっとと目、覚ませっつうの!!」

 両手で握りしめていた刀の刀身を一気に振り上げる。不死身の吸血鬼ならば刀に胴体を斬られた程度では死ぬことはない。だから躊躇なく彩斗は振り上げることができたのかもしれない。
 すると彩斗の手へととてつもない衝撃が襲いかかった。その正体は先ほどの水塊だ。衝撃で銀の刀が彩斗の手から宙へと吹き飛ばされた。武器を失った彩斗の勝機は無くなったも当然だ。彩斗は強大な魔力を持っているわけでもない。ただ少女の操る銀の刀が強かっただけだ。もはや結果など考えるまでもなく分かる。
 不死身の吸血鬼相手にただの人間が勝てないなど誰でもわかることだ。だが、心のどこかで何か勝機はあるのではないかと思う彩斗もいた。

「……人と同じ脆弱な肉体」

 無意識に溢れた言葉。吸血鬼の肉体は不死身であるがその肉体は人間と同じで脆弱なものだ。違うのは膨大な魔力の量と異常な再生能力だけだ。
 誰かが彩斗に教えている。これが真実ならば、彩斗でも不死身の吸血鬼を倒すことは可能となる。
 彩斗はわずかに口角をあげて、不敵な笑みを浮かべた。
 その瞬間だった。彩斗の顔面を狙うように水の弾丸が襲いかかってくる。
 それがなぜかわかっていたかのように彩斗は身を低く沈めた。弾丸は彩斗の頭上を通り過ぎていく。
 正直なことをいえば彩斗の身体は先ほどの手に水の塊を受けた時点で限界を迎えていた。それほどわずかな痛みであっても彩斗の身体は崩れ落ちるほどに疲労しきっていた。
 それでも彩斗は右手を握る。
 次にどんな攻撃が来るかはわからない。しかし次に来た攻撃を回避することなど考えている余裕などもうない。
 強く固められた拳を海原の顔面へとめがけて振り上げる。

「しっかり歯を食いしばりやがれ───」

 右の拳を包み込むじんわりとした感覚。それは魔力だ。
 前に唯から訊いたことがあった。普通の人間もごくわずかながら魔力が流れているものだ。
 彩斗の拳を覆っている魔力など目の前にいる吸血鬼(ばけもの)の魔力に比べたら足元にも及ばない脆弱な魔力だ。

「────このクソ野郎がッ!!」

 緒河彩斗の右の拳が、海原の顔面へと突き刺さった。
 ごく微量な魔力をまとっただけの力任せの全体重を乗せた強引な一撃。最も簡単な防御を破壊する渾身の一撃だ。
 海原の身体は宙を舞い乱暴に地面へと叩きつけられた。
 その一撃を最後に彩斗の身体から全ての力が抜ける。意識はその瞬間に暗闇の中へと引きずりこまれていくのだった。 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか?
今回の彩斗は魔力にも眷獣にも武術に頼ることなくただの人間という立場で戦うことになりました。やっぱり何も力のない人物を戦わせるというのはかなり難しいですね。
そして彩斗がなぜ“夢幻龍”を操ることができたのか?
獅子王機関の目的、四番目の暴走、“神意の暁”の眷獣を持つ者たち
いろいろな謎が浮上してくるかもしれませんが、楽しみにお楽しみください。

例のごとく、誤字脱字、気になるところ、意見などがありましたら感想でお伝えください。
また読んでいただければ幸いです。

年末企画かクリスマス企画を途中で挟むかもしれませんのでご了承ください。 
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