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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第1章 群像のフーガ  2022/11
  5話 鼠の戦い

 ボス攻略会議から一夜明け、攻略組の動向はまさに激動と呼ぶに相応しかった。
 どういう結末を迎えてか、あの会議が俺達を除く参加者全員の士気向上の一役を買い、第一層迷宮区最終階層の攻略が破竹の勢いを以て推し進められたという。そして、なんと騎士様の御一行がまたもやその日のうちに階層攻略をやってのけるという快挙を果たし、勇猛果敢にもボス部屋の主の顔を拝んできたというのだ。最終階層の攻略及びボスの確認を一日で済ますなど、端から見れば拙速にもとれる行為だが、ボスは様子見のみで済ませるところを見ると、引き際を心得ているようだった。指揮官としての手腕がこれほど突出していれば、後に一大勢力の頭を張っている姿も目に浮かぶ。彼には生き残ってほしいものである。
 ………と、これらの情報を無償で提供してくれたアルゴにお茶を淹れて差し出す。いつもなら「いい心掛けだナ」などと宣うところだが、今日はやや消沈気味である。このくらい大人しければ与しやすいものの、やはりいつもの勢いがないだけに張り合いがない。


「そーカ………ヒヨリちゃんに辛い思いをさせちゃったナ………」
「気にすんな。別にそうなることが分かってたわけでもないだろ。ヒヨリだってアンタを責めたりはしないと思う」


 絶賛熟睡中のため、未だに部屋から出てこないヒヨリを案じながら、アルゴはお茶で満たされたコップに視線を落とす。それはさておき、俺の心配はしないのかこの鼠は。
 それに、わざわざ出向いて来たというのだから情報の無償提供だけではあるまい。おおよそ予測はできるものの、いつものアルゴの勢いがない以上はこちらから話を進めてやるのも優しさだろうか。


「で、本題はなんだ?」
「にゃハハ……やっぱり解っちゃうカ………」
「ここんとこ、ご執心だからな」



 言いつつ、お茶を口に含む。例の露店商人が扱っていただけあって二束三文の価格だったものの、味は悪くない。
 ……まあ、今はお茶の品評よりも目下の案件について考えねばなるまい。とは言ったものの、おおかた昨日の朝と同じで《隠しクエスト》の情報提供だろうが、こればかりはユニーク品も含まれるため教えるわけにはいかない。情報を扱うという共通の立場上、それは多かれ少なかれアルゴにも理解できるところはあるだろう。


「実は、リンちゃんの持っているであろう隠しダンジョンの情報………《東の祠》の情報を欲しがっているクライアントがいるんダ」
「その情報、どこから仕入れた?」
「クライアントからとしか言えないナー。ダンジョンについてはオイラも未確認なわけだシ」


 少しだけ驚かされる。この街での行動から感付かれていたなら、普通は《狗人族への復讐》についての情報だとばかり思っていたが、なんと《セティスの祠》の方だったとは思わなかった。ここしばらくのアルゴとの遣り取りの裏にクライアントがいたのには意表を突かれると同時に、こんな情報を持っているクライアントとやらに興味が沸いた。
 実は《セティスの祠》についての情報は第二層のNPCから初めて聞けるため、第一層においてそれを知るプレイヤーは、十中八九ベータテスターに限定されるのである。しかし、目的が《レイジハウル》か《フロウメイデン》か、或いはその両方だとしたら、既にこの情報は賞味期限を過ぎてしまっている。何せこの二振りのレア武器はそれ以外に存在し得ないユニーク品だからである。アルゴの口から聞いた通り《セティスの祠》の情報だけを教えたところで、本当の意味で要望に合っているとは到底考えにくいのだ。それになにより、そのクライアントは俺がβテスター時代に《セティスの祠》を攻略したことを知っている。


「で、お客さんはいくら出すって?」
「それがなかなか太っ腹なんだナーこれガ。《リンちゃんが同行してくれれば》っていう条件はあるけど、金に糸目は付けないそーダ」


 マップデータの提供と言わないところを見ると、まだ情報を持っているだけでダンジョンには潜っていないと思っているのか。いや、それなら口頭での説明なり、紙に書いて手渡すなり、手段はあるはずだ。それをわざわざ俺に同行させる理由はあるのか?


「そのクライアントが誰なのか、教えてもらうことはできるか?」
「今ならオトクな十二万コルで、どうダ?」
「ヒヨリ起こしてくる」
「わ、わかったヨ!? 教えるから待ってクレ!」


 ソファから立ち上がった俺にしがみつくように制止しようとするアルゴの努力もあり、茶菓子――細長いクッキーみたいな焼き菓子――を用意するだけに止める。というより、この嫌がり様はなんなのだろうか。本当はヒヨリが苦手なんじゃないだろうかと考えてしまうが、次のアルゴの言葉でそれは杞憂となる。


「キバオウってヤツ、覚えてるダロ?」
「あいつが?」


 ヒヨリにその名前を聞かれないようにしたのはアルゴなりの気遣いだろう。だが、同時にいくつかの疑問が浮上する。
 キバオウといえば《ベータテスターに対して並々ならぬ憎悪を燃やしていた新規プレイヤー》だと認識していたが、そんな男がなぜ現時点において《セティスの祠》の情報を持っているのだろうか。あれを知るには第二層の場末の村まで出向かなければならないし、情報源となりうる《祠について噂程度に聞いていたベータテスター達》も《アニールブレード》を優先して足早にはじまりの街を後にしたことだろう。彼の《ベータテスターが抜け出したあとのはじまりの街の惨状》を知るような口振りがそれを物語っているし、そんなこともあって、噂程度の情報も漏れることはなかっただろうと予想できる。つまり、順当に考えてキバオウが新規プレイヤーとするならば《セティスの祠》に関する情報を持っていること自体矛盾しているのである。
 もしキバオウがそれを知ってる立場――――つまりベータテスターであったとするなら、他のテスターに新規プレイヤーの持つ敵愾心(ヘイト)を擦り付けて自分だけが安全圏に潜り込もうとする、掛け値無しの卑怯者だ。仮にそうだとするならば、恐らく俺同伴という条件も、情報さえ得られればダンジョン内でモンスターのヘイトを押し付けて圧殺するなんてこともされかねないと勘繰ってしまう。最悪、アルゴやヒヨリにも何が起こるか分かったものじゃない。


「………隠しクエ、ひとつだけ無料で教えてやるから、その話から足洗えよな?」
「お言葉に甘えたかったけど、これで口説けなかったらこの話は白紙にするってのが先方の方針だからナ。もうちょっと早く言ってくれればオネーサン嬉しかったのにナー」
「切り出すタイミングが悪かったな」
「次からは気を付けるヨ。それと、コレはヒヨリちゃんに渡してあげテ。もう店頭では配り出したけど、こっちは特別に直筆サイン付きだからナ」


 どうやらアルゴの深入りも杞憂で済んだらしい。ひとまずキバオウの件を頭から切り離して、差し出された書物型のアイテムに視線を向ける。
 表紙には【アルゴの攻略本・第一層ボス編】と銘打たれ、裏表紙には【情報はSAOベータテスト時のものです。現行版では変更されている場合があります】との赤い注意書きが記されていた。このシリーズは今までも本人から五百コルで購入してヒヨリ共々活用していたが、今回のそれは少々毛色が違っていた。


「………ちょっと、これはいくらなんでもマズいんじゃないか?」


 真っ先に思ったことは、危惧だった。

 今朝、気まぐれに街に出てみたが、キバオウのヘイトスピーチのおかげでベータテスターへの憎悪は強くなっているのが見て取れた。それこそ、新規プレイヤーの前でβテスターであることを明かせば、圏外に踏み出た際にはモンスターとの戦闘以外に、プレイヤーからの粛清さえも気を付けなければならないくらいに事態は緊張している。当然、アルゴが擁する架空の情報提供者も、情報の公開には自粛するのが一般的な対応と思われる。俺も《コート・オブ・アヴェンジャー》の情報を公開しないでいるのは、現状での悪目立ちを避けるためだ。そこを押しての情報公開である。こうなっては、出版を行っているアルゴ自身がベータテスターなのではないかという疑いを掛けられるだろう。当然、吊し上げや圏外での粛清のリスクは高まったはずだ。これから行われるであろう偵察戦の手間を省いたとはいえ、到底報われるとは思えない。


「ちょっと頑張りすぎたかナ?」


 だが、鼠は動じる素振りもなくおどけてみせる。
 これがどういった結末を齎すのか、その最悪のシナリオは当人が最もよく知っているだろう。まさかこれで新規プレイヤーとベータテスターの溝が埋まることを予想しているほど楽天的な性格でないことも知っているつもりだ。この攻略本があの騎士様の目に留まれば事態をある程度緩和してくれるだろうが、それでも、この行動の意図が見えない。


「別に何をするのも勝手だろうけどさ、もうちょっと自分を大事にしてもいいんじゃないか?」
「ありがとう、でもねリンちゃん。これがオイラの戦い方なんだヨ。何も知らない誰かさんたちが、オイラの情報で少しでも長く、少しでも多く生き延びてくれれば、それだけでイイ。そしてあの《攻略組》はこの世界に囚われたプレイヤー達の希望になろうとしていル。――――潰えさせちゃ、いけないんだヨ………」


 思わず、息を呑んでしまった。

 こいつは、単なる情報屋などではなかった。己が持つ情報という武器を巧みに操り、見事に戦っている。現にその情報に助けられてここまで辿り着けた新規プレイヤーは何人いるだろうか。偵察戦の手間を省いたことでどれだけの犠牲を予防できただろうか。その結果どのような仕打ちがあろうとも、恐らくアルゴは止まらないだろう。意図が見えなくて当然だ。彼女は誰かのために戦っている。身勝手な俺とは違うのだから。
 いや、俺にもできることがあるとしたら………


「俺も、手助けくらいはできるか?」
「東の牧草地沿いの農家に、オイラが信頼しているソロプレイヤーがいル。既に今日の攻略会議でPTが構成されたみたいだけど、彼のところはまだ空いてるはずだヨ」


 東の牧草地か。確かあそこには宿泊物件が一ヶ所しかなかったはずだ。牛乳飲み放題という変わり種のアメニティは魅力的だったが、部屋が一部屋しかなく風呂も鍵が掛からないというデメリットから、宿泊を断念した場所だ。幼馴染とはいえ、やはりあれでも女の子だから気を遣うのである。
 

「会議不参加の輩がいきなりPTに入れてくれと出向いて、失礼じゃないか?」
「底意地の悪い性格はしてないから、話せばすぐにPTに入れてくれると思ウ。恥ずかしい話だけど、リンちゃんとヒヨリちゃんの力もボス攻略に貸してくれると嬉しイ」


 騎士様の代理でも依頼されてきたのかと思うくらいに、アルゴは真剣に頭を下げてくる。あのふてぶてしい鼠がこれほどまでモノを頼んでくるのも、恐らくこれが初めてだ。
 ここで断ったりしたら、きっとヒヨリに絶交されるだろうな。かくいう俺も、こうして頼まれたのを断れる度胸も持ち合わせていないんだが。



「菓子折りでも持って行けばいいか」
「……ありがとウ………じゃ、もう一件用事を済ませなきゃいけないから失礼するヨ………ヒヨリちゃんにゴメンネって伝えておいてくれよナ」


 言伝を残すと、鼠は足早に外へ出ては目的地へと疾走する。
 既に空は暗くなり、辺りの民家の窓からは温かい光が漏れ出ていた。アルゴの話からも伝わったが、今更広場に向かっても誰も居ないだろう。そうすると、そのソロプレイヤーとやらに会いに行ってみるしかないか。全く、他人が苦手だというのに我ながらよく動こうと思うものだ。


「………燐ちゃん、どこかお出掛けするの?」


 ヒヨリもようやくお目覚めのようだ。目を擦りながら覚束ない足取りで出てくるあたり、本当に今まで眠っていたようである。大したものだが感心することはできない。せめてシャツのボタンくらい掛け違えないでもらいたい。


「今日、ボス攻略会議があったらしいんだけど、その時にもうPTが組まれたらしくてな。今から入れてくれるかも知れない人に会いに行く」
「じゃあ、私も一緒に行くね。準備するから待ってて」


 一通り伝えると、ヒヨリは服を換えるために再び自室に戻っていった。
 初のフロアボス戦だが、どことなくキナ臭さが漂っているようにも思える。俺だけの参加で済むのが理想的ではあるが、相棒がその決定に納得してはくれないだろう。せめて何も起こらないように祈るばかりだ。


「おまたせー」
「行くぞ」


 準備を終えたヒヨリを伴って、アルゴから聞いた物件へと向かう。
 道中でしっかりと菓子折りも用意し、街の目抜き通りを真っ直ぐ東へ進むとやがて建物が疎らになり、背の低い牧草が茂るエリアへと景色が変化する。その中で敷地内に小川が流れ、自前の水車のある民家が宿泊物件をもつ民家となる。歩を進めるうちに目印である水車の回転する音が近くなり、目前と迫った時の事だった――――


『わあア!?』


 ………という驚声が目的地から響く。しかもさっきまで聞いていた、あの《鼠》の声によく似ている。そして――――


『………きゃあああああああ!!』


 ………という絶叫が大気を揺さぶった。直後、短い悲鳴めいた呻き声が一瞬だけ耳に入り、辺りを再び静寂が包み込んだ。



「………ヒヨリ、もう帰っていいか?」
「い、一応ここまで来たんだし………がんばろう?」 
 

 
後書き
【アルゴの攻略本・第一層ボス編】出版の裏話&燐ちゃんチームボス攻略参戦決定回


書いているうちにアルゴのキャラ崩壊を感じてしまいました。不安を残しますが、この形で行こうと思います。きっと燐ちゃん視点では彼女の思いが垣間見れていたのでしょう。


次回はボス戦《イルファング・ザ・コボルドロード》一回目となります。
隠しダンジョンでのレベリング、ユニーク武器、ヒヨリ代行による武器の過剰強化、燐ちゃんの鞘と手袋のパワーはどうなるのでしょうか。そもそも、あの修羅場に遭遇してちゃんとPTは組めたのでしょうか。《イルファング・ザ・コボルドロード》の日本語訳は《コボルド王のイルファング》なんでしょうか。それともイルファングは何か別の意味の単語なのでしょうか…etc…


また、遅くなりましたがプログレッシブを読み込むので少しだけ更新に時間が空きます。申し訳ありません。



ではまたノシ
 
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