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ソードアート・オンライン ≪黒死病の叙事詩≫

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≪アインクラッド篇≫
第三十三層 ゼンマイを孕んだ魔女
  秋風のコガネ色 その壱

 
前書き
新章突入。完全オリジナルだからかなーり難しいです。設定だけでも載せるので手一杯。
舞台設定とスバルくんとインディゴさんの近況報告回です。 

 
 此処、第三十三層は風と土の竜が対立し、西と東に別れ各々の地域を統治している。

 この層の竜はこれまでのドラゴン系モンスターのようなベターな悪ではなく、政治家的な一面の方が強い。ここでの『政治家はみんな悪だぞ』という突っ込みは無視しておこう。

 それに民達に聞く事には彼らの政治はとても善良らしい。竜による王政、というのが一番しっくりくるだろうか。ここまで聞くとどこか竜人のような印象を受けるかもしれないが、しかしこの竜達かなりデカくドラゴンまんまだ。

 サイズだけなら過去最大のフロアボスを優に超すだろう。広大な玉座の椅子にゆったりと巨大な竜が胡坐を掻いている姿は壮観で、歴戦の戦士でも戦慄するものがある。幸運なことに竜の王達は人間の旅人に友好的だ。

 さて、三十三層の歴史を紹介しよう。

 この大地には大昔からずっと、風の竜と土の竜がおりそれぞれ別れて地域を支配していた。

 竜は統治下に住む人間に各々の能力を≪恩恵≫として示した。

 風の竜の民には風の恩恵として、冬には温かい風が吹き動物達が冬を越し、落ち葉で埋まった広場は突風によって掃除され、時に嵐の夜にでさえ無風となる。
 土の竜の民には土の恩恵として、豊かで温かい土壌により豊作をもたらし、土は自ら盛り上がり空気を含んで生き返り、更には地震でさえも抑えつける。

 思わぬ恩恵に住んでいた人々は喜んで竜達の統治を受け入れ、≪竜の民≫となった。

 二つの竜とその民は、内戦も風土の戦争もなく曖昧な境界線によって別れて暮らしていた。

 しかしある日、風の竜の子が独断で所有権を誇示し、相談も談判もなしに土の竜の土地を占領した。それが原因で緊張関係にあった両陣営は戦争に突入した。

 土の竜は土地を侵略された報復として、風の竜は愚かな息子を守ろうとして。民の人間達も敬愛すべき統治者の為に剣を握った。

 戦争が始まり多大な被害が出て、彼らに従う民の人間達は生活に困った。風が吹き荒れて木々は枯れ、冷たい風に生命は死んでいった。また大地が裂け亀裂が生まれ、その裂け目に呑み込まれる被害が相次いだ。六年という長い苦悩の末、貧困と戦争に苦しんだ民達は、二竜に自らの死を覚悟で終戦を願い出た。

 竜の統治者達は彼らの懇願に心を打たれた。
『そうだ。民あっての統治、誇りのために息子のために闘うのは、たとえ理由をつけようと民にとっては結局私利私欲でしかないのだ。私を思って利にならない闘いに身を投じてくれる彼らを失うのは、統治者の道として間違っている』

 二竜は終戦を決意した。たった一つの条件を残して。

 それは曖昧な境界線を≪視覚化≫するというものだった。

 二竜は境界線を話し合いにより明確に設定し、視覚化として≪断崖の大魔法≫を行使した。

 この魔法の跡は現在でもよく見ることができる。その爪痕で二頭の巨竜は健全な統治者であるだけでなく、(すさ)まじい魔法使いでもあったことも伺える。

 大魔法により大地は両陣営のちょうど境界線上で一寸の狂いもなく高低差で分断された。土の竜の領地は高々と盛り上がり、風の竜の領地は沈むように低くなった。その差はなんと人間三十人にも匹敵するというほどの巨大な断崖絶壁だった。交通の便宜を図る一つの緩やかな坂道を除いて二つの領地は完璧に隔離されたのだった。

 戦争の火種も潰し、一応の落とし前も着け、両国の関係は改善された。民たちは終戦を祝って、二竜の懐の深さに感謝しながら、少ない物資で各々の街にて質素な祭りを執り行った。こうして平和が訪れたかのように思われた。
 
 だがしかし、その夜、不運にも大地は≪切り離された≫。

 切り離された瞬間、誰もがとある事を思い出し蒼白した。つい先程、酔いで顔を赤くしながら酒の肴にしていたとある事実に。そう――切り離された歪な円の大地には、崩壊を連想させる不吉な断崖が聳え立っていたのだ。

 大地はひび割れた卵のように崩壊するかのように思われた。

 だが、自責の念に囚われた二頭の偉大なる大魔法使いの尽力により、何とか空中でも形を保てるまでに持ちこたえさせることができたのだ。空中に漂う大地が安定した状態になると――二竜は安心したかのように力尽き、絶命した。

 そうして空中に漂う、刀で斬られたかのような縦ズレを持った第三十三層が誕生した。

 これがこの三十三層の伝説であり歴史である。現在は二代目の竜がこの大地を統治している。





 三十三層を攻略するに当たって、この情報はなくてはならないものだった。

 なんといってもこの三十三層、迷宮区のタワーに行くまでに何度もの関所による通行止めを喰らわされていた。その理由は大抵、この土地の歴史や政治に関するもので、竜王達や役人達の出すクエストをそれぞれ攻略しなければ通行止めは解消されない。オフラインRPG風味の遠回りな進行に加えて、このクエスト内容も中々に難解な仕上がりとなっており、政治用語や先代の竜の名前や発音の似た地名をポコポコ出してくるために余所者という身では非常に混乱しやすい。

 そのため、クエスト攻略組はこの地の歴史と政治を知識として頭に叩き込まなくてはならない。

 このステージは舞台設定を相当凝っている。例えば、御使いのクエストかと思ったら役人にたらい回しにされ、クリアするには漢文に出てくる宰相みたく軽快な言いくるめをしなくてはならないという推測情報が出回ったときは、攻略組一同絶句の渦に呑まれたものだ。

 彼らを言いくるめるにはまずこの層の予備知識として歴史を知らなくてはならない。知識の足りなかった前線メンバーでまさかクエスト攻略会議を開く羽目になるとは……。むしろあれは攻略会議というよりも勉強会に近かったのだが。

 例で分かる通り、この層でのプレイヤーの役割は、≪迷宮区へ登り百層を極める人間≫だけではなく≪三十三層を流浪し二国の問題を解決する坂本龍馬≫という一面も持っている。

 実際、外交職にハマったプレイヤーは関所の攻略に関係なしに用もなく二国間を行ったり来たりしている。情報屋≪鼠のアルゴ≫もそうだった。彼女曰く、稼ぎ時ダ! らしい。

 そしてついに今日、何週間もかけて行われた≪関所攻略戦≫は終結し迷宮区までの道が切り開かれた。

 そんな晴れた日に俺と友人一人は迷宮区ではなく断崖絶壁の≪マイヴ境界断線≫の南方に探索に出ていた。

 何故、と問われ答えるとすると、長い階層の停滞のせいでレベルが限界値まできていること、未解決クエストの調査、あと一つ、とあるNPCに関する情報によるところが大きい。

 三十三層は重厚なストーリーをプレイヤーになぞらえさせるためにか、かなり多いクエストが各地で発注されている。中には平和的な採取系のクエストかと思って受けたら闇商人の密輸を手助けするクエストだったりすることもある。俺もそれで一度痛い目にあった。中中に金換算がウマいクエストではあるのだが、失敗した場合のデメリットが痛すぎた。一週間も風と土、どちらもの主街区に入れなくなった時は本当に泣きそうになったものだ。

 このように第三十三層に限って言えば、どのクエストにも旨みと不味みがあると断言できよう。

 だからこそ俺達は攻略ルートから外れた、もっと言えば村人の噂程度にしか情報として出てきていない南方の村に向かって歩いている。一味違う、そんな面白いクエストを求めて。

「正規ルートじゃないわよね、これ」

 隣で、ブルーのロングコートを羽織った少女が黒に近い藍色の長髪を指先で構いながら俺に話しかける。彼女の横にある上にも下にも空っぽの空間から吹き込んでくる秋の冷たい風に藍色の彼女はロングコートと長髪を揺らす。

「でも南の村、ってしか話に出てこなかったから仕方ないだろ? 南方に続く通路も無いしさ」 
「だからって何もこんな崖ギリギリを歩くことないじゃない……。SAOに≪魔法の壁≫はないのよ?」

 魔法の壁、とは落下防止用の見えない壁のことだろう。魔法を失った世界観のSAOでは中々に皮肉のこもったスラングではないだろうか。とは言ってもこの崖は落下しても下から吹き上げてくる突風で落下速度を相殺されるため、安全マージンを取っていたならばタンクでなくても即死はしない。深読みすればこれも≪魔法の壁≫と言えるだろう。

 色々なことに感心しながら、彼女の疑問符に俺は返答した。

「ああ、そこに関しちゃあ理由はあるぜ。ちょいと聞いたところによると、崖沿いのどっかに≪人間の魔法使い≫がいるらしい」

 俺の言葉に彼女が怪訝そうな表情になる。その後、諦めたかのように、くいっと首を傾けて若干背の優まさっている俺の方に耳を突き出す。最早、慣れ親しんだとも言える彼女の『聞き』の態勢。それを横目で見ながら俺は言葉を続ける。

「つい最近、前線メンバーの誰かが遭遇したらしい。情報屋が言うには、髪から靴まで全身金色の肌白少女で、いかにもな装飾の杖を持った≪自称≫魔法少女のNPCだそうだ」
「うーん、SAOで魔法はないって聞いたんだけど。今までも魔法を使う敵すらいなかったじゃない」
「まぁ俺もそうだと思っていたが、多分そのNPCは例外だろう。俺もゲームデザイン的にそのNPCがプレイヤーに魔法を教えたり魔法で攻撃してくるとは全く思っていないさ」

 ザクザクと落ち葉を踏む音がテンポよく鳴る。足音、秋特有の風切り音、鳥の鳴き声を挟んだのち彼女が愚痴る。

「じゃあなんで会いに行くのよ。――ああ分かった。貴方、実は魔法少女趣味なのね。月に代わってお仕置きされたいんでしょ」
「はは、古典を出されると批判しづらいな。というか、そうじゃなくてさ。いや、魔法少女趣味じゃないぜ? 探す理由なんだが俺が思うにその魔法使いのNPCは≪キャンペーンクエスト≫の引き金なんじゃないかって踏んでいてさ」

 キャンペーンクエスト、何層にも跨って行われる連続クエストで、労力もかなり大きいのだがそれ以上にクリア報酬が莫大なのが特徴だ。失敗したら一からやり直しという鬼畜使用なのも許容できるほどに利益がある。

「本当にぃ? 珍しい女の子に会いたいからじゃないのぉ?」

 いつになく疑り深く、かつて無いほどのねちっこさの友人に『勘のいい奴め』と内心思う。生まれ持っての野次馬精神は、今なお健在なのだ。言い訳の言葉を選ぼうと思考を巡らすとしばしの間、環境音だけの静寂が生まれた。

――しまった、これでは言葉に詰まったみたいではないか!

「ち、違う違う! これは攻略のために必要なことなんだよ! キャンペーンクエを見逃してたら大損だろ!」
「えー、別に私達じゃなくても良くない? 一応攻略トップのトップなんだから」
「トップって君……」

 確かに、彼女の言う通り、現在俺は、現実の世界――俺は≪現世≫と呼んでいるが――で培った技術により攻略組のまとめ役を買って出ている。二十五層で≪軍≫のやらかしをカバーして以来、俺の名前が攻略組の中でもかなり目立ってしまったので、前線から身を引いた軍の代わりに俺がトップとして自然な形で躍り出たのだ。ついでに俺の相棒の名前も上がった。当人曰く、風評被害も甚だしいそうだ。

 そういう訳で今では、昔ながらのギルド≪聖龍連合≫と最古参ソロ組≪無所属のスバル≫という二枚看板で攻略組の運営は成り立っている。

 客観的に考察すれば、成る程、俺は攻略組勢力のトップ一角を担っていると言えよう。しかし――俺はこの先の思考は口に出してみた。

「だからって俺達が偉くなったわけじゃないだろ。それにレベルが限界な俺達が探索に出るのが最も効率的さ。腕が鈍ってもいけないし、なんといってもこう、どっしりと椅子に構えるのは俺向きじゃないからな」
「へー、現場主義なのねぇ。だから軍曹って呼ばれているんでしょうけど」
「ああそういう理由なのか、その渾名……」

 SAO内でもそうだが、基本的に異名は『性格やプレイスタイルの分かりやすい情報』が含まれていないと強く浸透しない。そういう意味では、はて、俺の≪軍曹≫という呼び名は的確なのだろうか。

 例えば俺は――攻略チームのトップの一人で、現場主義で、スキル外戦闘技術を教える、ああホントだ。これでは軍曹というのも納得だ。 

 物思いに耽っていると、不意に目の前にスッと腕が伸びてくる。その藍色のコートを纏った腕は制止を意味していた。俺とアイのコンビにおいて、周囲の警戒は≪索敵スキル≫持ちの彼女の仕事だ。彼女が小声で「十二時、緑一、赤三、黄色一」と索敵情報を伝える。内容は十二時方向に、プレイヤーが一人、モンスターが三匹、NPCが一体という意味合いのものだ。

 足を止め、目線で情報を共有したことを報せて武器≪ラジャダ・ジャマダハル+21≫を抜く。耳を澄ますというアクションで≪聞き耳スキル≫を発動させ、周囲の音情報を探す。細い木の揺れる音、落ち葉が舞う音、崖に空気を叩きつける音、鳥の悲鳴、衣擦れの音、鞘から剣を抜く音、呼吸音。今のところ環境音しか聞き分けれない。

 そうすると、隣の少女の気の抜けたような声が鮮明に聞こえてきた。

「えぇっ!? モンスター溶けた! な、なに今の……」

 隣でうわわとでも言いそうな、驚愕満載の表情で目を細める。俺が首を傾げて横目を遣ると彼女は剣と盾を仕舞い、仕切り直しと言わんばかりに姿勢を正しコホンと咳払いを行い、右下辺りを指でトントンと叩くジェスチャーをしながら説明をした。

「最初のスキャンで敵影が三、人影が一、中立が一だったんだけど、二度目のスキャンで人影一中立一に変わったのよ。つまりモンスターが倒されたってことね。私としてはかなり不自然なんだけど」
「あー。どうだろうな、ここらへんはあんま敵影ないしモンスターも下位のものしかでなさそうだけどな。……いや、それでもここは最前線だからなぁ。難しい、かな」
「ざっと三秒よ? 貴方ならできる? (ちな)みに私には無理」
「さ、三秒は流石に……」

 SAOは無双系のゲームではない。基本的にタイマンで闘うようなゲームデザインがされているので、モンスター一匹でさえそれなりに強敵なのだ。例外的に無双できるステージはあるにはあるが、どう考えてもこの付近にそんな大層なギミックは無いだろう。

 そんなパワーバランスで三対一、となると命の危険が出てくるレベルと言えよう。それでも安全マージン――階層に十レベル足した目標値――を取っていて冷静に対処すればソロでも逃げきれないことはないのだが、いくらなんでも三秒なんてトンデモ数値は相当の手練れにだってソロじゃ殲滅は不可能だ。

 色々と方法を考えている俺を横目に、隣りの藍色が南の方角を指さしながら、軽い口調で即席の案を提供した。

「まっ、別に分かんないなら見に行けばいいでしょ。『案ずるより見るが易し』よ」

――それを言うなら『案ずるより産むがやすし』だろ。

 そんな突っ込みを心中で呟きながら、俺達は再度、南の方へ歩き出した。 
 

 
後書き
オリジナル第三十三層のテーマは≪秋風と豊穣≫です。時期も秋ごろなので紅葉や良さげな色の落ち葉が落ちていて観光にもいい感じです。吹いてくる風はちょっとだけ寒いですけどね。
作中では登場しませんが風が寒いのは二代目が未熟だからです。

※秋ごろと言いましたが時系列を眺めていたら時期的に前線三十三層で秋は遅すぎでした。これは時期を変えるべきか、はたまた階層を変えるべきか、それとも変えないべきか。階層なら初秋としても九月、四十層あたりぐらいが妥当でしょうかねぇ……。

三十三層のマップですが。
西:風の竜の領土。(動物系モンスターが多く、建築物は木製)(風があまり冷たくない)
ド真ん中:西と東で真っ二つするような高さ50メートルの断崖絶壁。(領土の境界線を意味)
東:土の竜の領土。(植物系モンスターが多く、建築物は石製)(足場がぐらつくことがない)
※主街区は両方の領地にひとつずつ。迷宮区は東北にある。プレイヤーは西から東に移動する。

あとキリトくん出ません。というか原作の都合上出せません。三十三層あたりは絶賛ハイパーナイーブ中でしょうから。

再度報告:二度目ですが受験につき更新頻度が激落ちになります。

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