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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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22:この中の誰かが


 ――彼女がこんな場所に宿を開いたのは、この場所がマーブルが彼氏からプロポーズを受けた、夜の森林公園の光景に似ているからだということ。隠れゲーマーだった彼女を、彼は(とが)める事無く愛してくれたこと。死ぬことは絶対に出来ないけれど、自分みたいに愛する人に会いたいが為に日夜戦う人達を全力で応援するという理念の下に宿商人を始めた――というところまで話まで進み、その頃にはすっかり聴き入っていたアスナ達はハンカチを手に涙を拭い続けていた。

「お、おい……そろそろいい時間なんだけど……寝ないのか?」

 後ろからソファ越しに恐る恐る尋ねると、彼女らがゆっくりと振り返ってきた。揃って目と頬、鼻っ面が赤い。流石に泣き過ぎだ。

「あ、あんたも最後まで聞いていきなさいよ……うっうっ、ホンット感動するんだからっ……!」

「そうだよ、キリト君っ……キリト君も勉強になる話、ぐすっ……たくさんあるよ……?」

「いい話です……すごくっ……いい話なんですよーっ……」

 シリカに至ってはピナの羽毛に顔を埋めて号泣している。こればかりは流石のピナも、少し嫌そうに困った顔を浮かべていた。

「い、いや遠慮しておくよ……俺は先に上行って休んでるな。そ、それじゃ、おやすみ」

 薄情者というリズベットの言葉の追い討ちを背に受けながら、俺は逃げるようにそそくさと二階へと階段を上がり、複数並ぶドアから渡された鍵の番号を確認して部屋へと入る。
 個室は全体がログ調の木目美しい空間で、最低限の広さだが手狭さは感じられなかった。清潔なシーツのベット、チェスト箱に武器立てかけ棚、化粧台に、ランタンがベッド脇のミニクローゼットの上に一つある。カーペットや壁掛けクロスなど、ささやかな装飾品もあるものの、シンプルな家具構成の部屋だった。
 俺はシャツとパンツだけになると、そのベットにボフンとうつ伏せに倒れこんだ。そのまま目を閉じる。

 ……みんな、いい人だった。

 マーブルはもちろんのこと、ユミルも一日で良い所悪い所はあれど、非常に数多くの顔を見せてくれた。デイドは一見粗暴だが、裏を返せば彼は実直に団体行動に従い、かなりの戦績で俺達に貢献(こうけん)してくれていた。ハーラインだって、終始アスナ達にナンパ三昧(ざんまい)で自画自賛的な顔を見るたびに舌打ちをしたくなったが、今ではすっかりこのおかしな一団のムードメーカーとなっている。

「……誰だ。一体誰が、死神なんだ……」

 俺はシーツに顔を埋めたまま呻き、くぐもった声が漏れる。

 ――本当に、この中の誰かが、死神なのか?

 そういう、根本的な、今までの推理を垣根から覆しかねない疑問がふと浮かんでくるのだ。
 あの人達を知り、仲を深め合う度に、その疑問ばかり色濃くなっていく。
 だが、俺の考えでは、あの中に確実に犯人が存在するのだ。するはずなのだ。

「クソッ……」


 ――死神、お前は何者だ。

 ――なぜ、こんなことをする。

 ――なぜ、数多くの人を傷つける。

 ――なぜ、そこまでしてユニコーンを付け狙う。

 ――なぜ……俺達に見せる顔とは違う、そんな偽りの仮面を被り、己の素性を隠している。

 …………俺には、それが分からない。

「…………ハ、ハハッ」

 ついには、自分には少なくとも探偵職は向いてないと自覚し、大して面白くもない笑いが知らず知らずのうちに漏れていた。



     ◆



 ……次に目を開いたのは、セットした脳内タイマーが鳴り響いた直後だった。いつもより随分早めにセットした、朝の六時。

 早寝が功を奏した多めの睡眠のおかげか、昨夜と違って頭の中が非常に快活だった。ベッドから立ち上がり、カーテンを開け、木枠でガラス張りの窓も全開にする。まだ少し冷たい空気を運んで来る外は相変わらず深い青の薄暗さだが、若干上空の霊木の枝の間から日の光が差し込み、いつもの時間帯とはまた違う神秘的な朝景色を供してくれていた。
 それからさっさと身支度を済ませ、一階に降りる為に階段へと向かう。
 ……だがその途中、ふと階下に人の気配が無いことに気付いた。
 恐らくアスナ達はまだ降りておらず、マーブルも奥のキッチンで朝食でも作っているのだろうか。そんな事を思いながら階段を降りる。
 ……かと思えば、マーブルは一階フロアに居た。というか、昨日居た位置と全く同じ場所、ソファに座っていた。
 そしてどういう訳か、俺の登場にもなんのリアクションも返してこない。

「…………?」

 怪訝(けげん)に思い、いくらか歩み寄ってよく見てみると……俺は思わず苦笑した。
 マーブルはソファに座ったまま、寝息も穏やかに眠っていた。
 彼女は常時糸目で、眠っている時の表情の差が少なかった。

「マーブルさん、朝ですよ」

 発声練習がてら、やや張った声で言ってみる。するとピクッと肩が浮いて、僅かに伏せていた顔がゆっくりと俺を捉える。

「…………あら、やだ」

 再び俺は苦笑し、その後互いに朝の挨拶を交わして、マーブルが困った顔で気恥ずかしげに頬をほんのり染める。

「あー……もう、本当にイヤになっちゃう。あのまま寝てしまったみたいね、私……。お客様も滅多に来ないから、すっかり朝のタイマーのセットを忘れてたわ。ごめんなさい」

「ハハハ、商人じゃないですけど、俺もよくありますよ」

 尚も「お客より遅起きなんて……ああ、店主失格ね……」と羞恥に身悶えている様子だったが、失礼して俺は言葉を投げ掛けた。

「あの、マーブルさん。ユミルは……? あれからどうなったんです?」

「え? ……あら?」

 俺の問いにマーブルは自分の膝の上を見て首を傾げた。
 その膝の上に頭を乗せて眠っていたユミルの姿はどこにも無い。

「ええっと、あれからは特に何も……アスナちゃん達とずっと話してて、もう遅いから寝なさいと私が催促して。それから私は、動こうとすればせっかく熟睡してるユミルを起こしかねないから、どうしようかなーと思ってたら……このまま寝ちゃってたみたいで……」

 傾げた頬に指を立てながら言う。

「ユミルの居場所に心当たりはありますか?」

 階段を降りる前にユミルの部屋の前を通りかかったが、ドアノブには不在の札が掛けられていたのだ。ということは、ユミルはこの建物の中には居ない事になる。
 だが、この質問にマーブルは思いの外すぐに答えてくれた。

「そうね、今は朝方だし……ユミルに会いたいなら、この宿を出て裏方に回ってみて。林を少し抜けた所に川が流れているから、ユミルは朝いつもそこで顔洗ったり歯を磨いたりしていたはずよ」

「く、詳しいんですね……」

 それにマーブルは微笑みながらソファから立ち、手早く身に着けたエプロンと三角巾の紐を縛りながら言った。

「だって、この宿唯一の、可愛い可愛い常連さんですもの」
 
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