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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Myth16反撃開始・イリュリアを打ち砕け~CounterAttackerS~

†††シグナム†††

今まで必ず護り抜いてきていたアムルを捨て、我々は今、隣街であるヴレデンに避難している。ヴレデンは幸運にもイリュリアの魔力砲カリブルヌス(オーディンがそう言っていた)の被害から免れており、ほぼ損害無し。
しかも王都の結界術師団や一個騎士団が駐屯しているため、反撃の為の戦力も十分だった。オーディンが騎士団の将たちと話を進めている間、我らグラオベン・オルデンは集まって今後の事について話し合っていた。が、「情けない話だ」嘆息しか出て来ない。

「そうよね・・・いくらみんなの魔力が戦闘を乗り越えるだけ無かったとは言え、逃げるしかないなんて・・・」

「それどころかアンナも助けらんなかった」

「しかし・・・仕方がなかった。あの場合は、一度退くのが賢明だった」

ザフィーラのその言葉にアギトが目を見開き、「そんな!」とザフィーラに詰め寄ろうとするのを「よせ」と止める。認めたくはないが事実だからだ。ターニャも言っていた事だが、あのまま無理に戦ったところで苦戦は必至。
いたずらに被害を生むだけだ。それでは今後の戦闘に支障が出る。ゆえに「態勢を整え、万全の状態で反撃に出るしかないのだ」そう言う。するとアギトは「だけど!」理解はしているが納得は出来ていないようだ。

「アギトお姉ちゃん。アイリはあまり事情とか判らないけどね。でもね、みんなの言う事は正しいよ」

「あたしだって・・・あたしだって、解ってるよっ! でもアムルはあたしにとっての大切な居場所だった!」

「ん? それは違うんじゃないの?」

「え・・・!?」

「アギトお姉ちゃんを見てると判るよ。アムルは確かに大切な場所かもしれないけど、アギトお姉ちゃんにとっての居場所って、アムルじゃなくてマイスターの側じゃないの?」

驚いた。新入りであるアイリがそんな事を言うとは。アギトどころか我々全員が呆気にとられている。アギトはアイリのその言葉で一気に冷静になったようで、「それでも、やっぱりアムルを見捨てたのは・・・心が痛いよ」声量を抑えて呟いた。
私とてアギトと同じ思いだ。我々の居場所はオーディンのお側。しかしアムルもまた居場所だ。アムルを取り戻したい。ここまで心が締め付けられるほどに何かを願う事など今までにあっただろうか。

「アギト。今オーディン達が作戦とか練ってるはずだからさ、もうちょっと辛抱だ」

「ヴィータ・・・・うん・・・」

ヴィータはオーディンのように小さなアギトの頭を撫でる。まるで姉妹のように思えてしまう。この愛おしい時間を守るためにも必ずアムルを取り戻し、イリュリアを倒さねば。決意を新たにしていると、ざわざわと周囲が騒がしくなってきたのに気付く。
どうやら騒ぎの原因は、王都ヴィレハイムからこちらに向かってくる戦船の艦隊の所為だろう。今までは一切戦船に頼ろうとしなかったシュトゥラだが、さすがにアムルを落とされてはもう黙ってはいられないという事だろう。しばらく様子を眺め、オーディン達が会議を行っている屋敷へと、

「クラウス殿下にオリヴィエ王女殿下、それにリサも・・・!」

シュトゥラの王子であるクラウス、そして同盟国であるアウストラシアの王女オリヴィエとお付きの騎士リサの3人が入って行った。屋敷にはオーディンの補佐としてシュリエルが一緒に居るのだが・・・むぅ、私がオーディンの補佐としてついて行きたかったのだが。ゆえについて行く事の許可をオーディンに貰おうとしたところ、それを止めたに来たのがヴィータだった。
ヴィータからは「シグナムじゃダメだろ。だって頭脳派じゃねぇし」とそう馬鹿にされ(しかもオーディンが僅かに笑ったのがショックだった)。シャマルでさえも「まぁシグナムよりはシュリエルの方が・・・うん、頭脳派っぽいわね」などと言う始末。そこまで言われて黙っていられるものか、と思ったが、気が付けばもうオーディンとシュリエルは居らず、言いようのない虚無感に襲われたものだ。

「中の様子、シュリエルから思念通話で聞いてみっか?」

「よせ、ヴィータ。主とシュリエルが戻ってからでも遅くはあるまい」

「へーい。あーあ、あたしもついて行きゃ良かったな~」

ヴィータとザフィーラのやり取りを聴きながら、私は屋敷を一点に見詰める。どのような作戦が立てられようが、私は全力を以って当たるだけだ。ですからオーディン。お願いします。アムルを取り戻し、イリュリアに打ち勝つための勝利の道を、我々に・・・・。

†††シグナム⇒シュリエルリート†††

私はオーディンの補佐として同行していた。補佐と言ってもオーディンのお側に居るだけだが。アムル奪還や魔力砲カリブルヌスを放つ巨大砲台ミナレット攻略に必要な戦力や物資などを話し合っているオーディンら。
オーディンは、戦争を経験し、実際に大部隊を率いていないと考えられないような的確な意見を次々と挙げていく。騎士団の配置から物資補給経路。みながオーディンの話を聴き入っている。
そんな時に、「失礼するよ」断りの一言を告げて入って来た3人。この会議室に集まっている者たちみなが絶句した。オーディンと私を除く者たちが「クラウス殿下!?」と一斉に立ち上がり、礼の姿勢を取る。

「構わない。皆、会議を続けてくれ。僕とオリヴィエ王女、そして騎士リサも参加させてもらうがいいだろうか?」

無論シュトゥラの王子である彼のその言葉に反論する者など居らず、彼らも作戦会議に参加する事となった。クラウス殿下の「まずはアムルの奪還を優先しなければならないな」その言葉から会議が再開される。
騎士たちが一斉にオーディンを見、殿下らもそれに倣ってオーディンへと視線を移す。私もスッと目線を下げ、斜め前に座っているオーディンの横顔を見詰める。みなの視線を一斉に受けたオーディンは咳払い一つ。

「・・・アムルを奪われておいて偉そうな事は言えないと思っているが・・・」

「構いませんよ、オーディンさん。貴方が居たからこそアムルは今まで守られてきました。確かに今回はイリュリアに明け渡す事になってしまいましたが・・・貴方なら奪還出来る、そうですよね・・・?」

「感謝する。私たちグラオベン・オルデン各騎の魔力が全快になっている今、アムルに駐屯している騎士団や配置されている戦船の攻略はそう難しくない。騎士団戦は元よりこちらに分があり、戦船に関しては私の使い魔の一体を召喚すれば事足りるはず」

「使い魔・・・あの巨大なチェスの駒のような、ですか?」

巨像の使い魔。オーディンは確かアンゲルス・カスティタスと呼んでいた。あれほどの巨体ならば戦船を鷲掴んで放り捨てることも容易いはずだ。アムル奪還の問題はそれで解決したと見てもいい。
オーディンは首を横に振り、「いや。カスティタスとは別のアンゲルスを召喚する」と驚愕に値する言葉を告げた。私だけでなくクラウス殿下やリサ、この場に集う騎士たちも目を見開き驚愕している。唯一オーディンの使い魔を実際に見ていないオリヴィエ王女だけが「??」小首を傾げている。

「別の、・・・まだ他にもあのような強大な使い魔が居ると・・・!?」

「私の有する使い魔アンゲルス・・・七美徳の天使は、名の通り七体在る。純潔カスティタス。節制テンパランチア。救恤リベラリタス。勤勉インダストリア。慈悲パティエンティア。忍耐フマニタス。謙譲フミリタス。その全てが巨体。その全てが強大・・・・」

テンシとは何なのか判らないが、名称からして凄まじそうなので室内が沈黙に包まれる。クラウス殿下はともかく他の騎士たちは複雑な思いだろうな。今は味方であるオーディンだが、シュトゥラの人間ではない。それどころかベルカ人ですらも。
だから頼もしく見えていたであろうオーディンに別の感情がおそらく生まれている。それは畏怖。最悪、中には純粋な恐怖を抱いている者も居るかもしれない。嫌な空気が流れ始めたその時、「オーディン先生、頼りにしています♪」オリヴィエ王女が微笑んだ。

「・・・私が恐ろしくはないのですか? オリヴィエ王女殿下はご覧になった事が無いのでそう言えるのかもしれませんが、アンゲルスは実際に強力です。私がその気になれば、一国を潰せるだけの戦力として用意できます」

「でも貴方はそれをなさらない。貴方の目を見れば判ります。貴方は本当に優しい御方です。それにリサから窺っています。オーディン先生、貴方は魔力を使い過ぎると、今まで培ってきた記憶の一部を失ってしまう障害を抱えているのだと。それでもなおシュトゥラ・アムルを守っていただいているその事実。私は心を撃たれました」

この発言には私とオーディンも驚いた。もちろん初めて知った騎士たちも。「リサ、君は・・・!」オーディンは(私もだが)沈黙を保っていたリサに非難の目を向けた。

「勝手をして申し訳ありません。オリヴィエ様にも知っていてほしかったのです。オーディンさんがどれだけ自分を犠牲にして、シュトゥラ――アムルを守っているかを」

リサはオーディンの目から逃れることもなく真っ直ぐに見返した。罪も罰も受け入れる覚悟あり、だオーディンはただ嘆息一つ吐き、「口止めをしなかったこちらにも問題ありか」もう諦めのようだ。

「ごめんなさいです・・・。でも後悔はしてません」

「・・・皆聴いてほしい。オーディンさんは確かに怖れを抱いてしまうほどに強い。正直、僕も一瞬だが畏怖した。だがオーディンさんは、自分の記憶を犠牲にしてでも戦ってくれている。それでも嫌な顔一つとしてせず、戦い守り続けてくれているんだ。彼のどこに恐れる事がある。僕は、オーディンさんを信頼している。共に戦う仲間として、そして友人として、だ」

「私もです。私は、この両腕を癒して頂きました。私の両腕は不治だとして幾人もの医者様に見放されました。ですが、こうして自由に動かせるようになり、再び戦場に立つことも出来そうです。ですから皆さん。オーディン先生の強さばかりを見ずに、その優しき性根を見て下さい」

クラウス殿下とオリヴィエ王女がそこまで言うと、騎士たちが放っていた畏怖の空気が和らいだ。殿下は室内の空気からオーディンへの恐怖が消え失せたと察し、「もう誰も文句はないな。なら本題に戻ろう。オーディンさん、続きを」作戦会議を再開させた。

「・・・本当にありがとう、クラウス、オリヴィエ王女殿下。では。アムル奪還はアンゲルス・テンパランチアと我々グラオベン・オルデン、国境防衛騎士団で、という話だったんだが・・・」

オーディンはそこで区切り、改めて殿下らを見た。視線に込められているのは今さらだが、どうしてここに?だ。その意味を察した殿下は「僕たちがマクシミリアン艦隊を引き連れここへ来た理由は、今後の皆の動きにも関わってくる」と言って立ち上がる。

「皆、マクシミリアン艦隊は、このままイリュリア王都にまで侵攻する事となった」

殿下が告げた理由を聞いた騎士たちが一斉に「マクシミリアン艦隊!?」と驚愕。事情を知らない私とオーディンが首を傾げていると、『マクシミリアン艦隊とは、シュトゥラの有する最強の戦船ローリンゲンを旗艦とした艦隊名です』リサから思念通話が送られてきた。
シュトゥラの主戦力がついにイリュリアに攻め込むのか。これは本格的な戦争になってしまうな。オーディンと共にリサに礼を言い、殿下たちの話に耳を傾けると今はオリヴィエ王女が話をしていた。

「――古くベルカには異世界からの異物が流れ着き、いくつかの国に受け継がれているということがあります。特に有名なのが我ら聖王家の有する戦船・聖王のゆりかご。イリュリアの有する砲台・ミナレット。公に知られているのはこの二つですが、実はイリュリアにはもう1つの異物があります。アウストラシアに残されている文献に記されていたその名は、エテメンアンキ。どのようなものかは判らないのですが、ミナレット以上に危険で、ソレがイリュリア王都に在る、らしいとのことです」

「もしエテメンアンキが起動してしまえば、今以上に戦況が危うくなるのは確実。だから僕たちは、全力を以ってエテメンアンキを破壊しないといけない。ですからオーディンさん。そしてグラオベン・オルデンの騎士たちに依頼したい。皆さんには王都攻略の妨害になるであろうミナレットの破壊をお願いしたいんです」

「ミナレットの破壊は望むところだが、やはり部外者である私たちが本戦に参戦する事が問題だったりするのか・・・?」

「ち、違います。本音を言えばグラオベン・オルデンにも王都攻略に参戦して頂きたいです。ですがミナレットは海上に在るんです。戦船では狙い撃ちされ撃沈される可能性が高く。空戦が出来、ミナレットの防空網を突破できる騎士はあまりにも少ないのがシュトゥラの現状です」

「そう言えばそうだったな。・・・・二つ返事で了承したいんだが、こちらにもある問題が発生しているんだ」

「問題、ですか・・・?」

「・・・・エリーゼ・フォン・シュテルンベルク男爵の補佐官、アンナ・ラインラント・ハーメルンが、イリュリア騎士団総長グレゴールに拉致された」

グレゴールという大物の名前と、その男がシュトゥラの人間を拉致したという事で室内が騒然となる。オリヴィエ王女が「何故ですっ!? グレゴール程の者がどうして!」と勢いよく立ち上がり、騎士たちはわけも判らずと言った風に混乱。
しかし殿下が「落ち着くんだっ。まずは詳細を聴かねば進まない!」正に鶴の一声と言うのだろうか。押し黙った騎士たちは次々と着席して行き、オリヴィエ王女もまた「そうですね」と着席し直した。

「オーディンさん。詳細をお願いします。何故グレゴールがアムルを訪れ、しかもアンナ嬢を拉致などと・・・?」

オーディンはアムル陥落の真実を含め、グレゴールがアンナを拉致した話を語る。本当はエリーゼを拉致しに来た事、アンナがエリーゼを守るためにエリーゼの姿に変身し、代わりに拉致された事を。最後にオーディンは「アンナを助け出すために、おそらく連行されたであろう王都に向かいたい、というのが本音だ」そう締めくくった。
殿下は唸りだし、「しかしそれでは・・・」今回の戦闘での戦力配置の変更に難色を示す。殿下が挙げた我々グラオベン・オルデンをミナレットの攻略に当てるという策には賛成できるのだが、状況がそれを許さない。

「私からもミナレット攻略をお願いしたいのですが。御家族であるアンナさんを助けたいお気持ちは痛いほど解ります。ですがミナレットを攻略しない限りすべての国が危険に晒され、イリュリア王都の攻略の障害になるのです。どうかお願いします。代わりと言っては大変失礼ですが、必ず私たちがアンナさんを救い出しますから」

「僕からもお願いします。今回の侵攻は、今後のベルカ統一戦争にとって最重要な一戦なんです。どうしても成功させたい。ミナレットとエテメンアンキによる破壊をこれ以上起こさせないためにも」

殿下とオリヴィエ王女は真っ直ぐオーディンを見詰め、真摯に懇願する。そんな2人をオーディンのお側から眺めていると、リサと目が合う。リサの視線にも込められていた。2人の願いを聴き遂げてほしい、と。
私を含め守護騎士ヴォルケンリッターは、オーディンがどのような決断をしようともついて行く。そう思っているところに『・・・エリーゼ達に怒られるが、仕方がないな』と思念通話。私は『それではミナレット攻略戦へ向かうのですか?』と訊き返す。

『ああ。王都攻略に私たちも向かい、苦戦している最中にミナレットでシュトゥラや別の国を攻撃されては敵わん』

『確かにそうですが・・・本当によろしいのですか? アンナを救う機会を失ってしまうかもしれません』

『救うさ、必ずな。ミナレットを瞬殺し、すぐさま王都に侵攻する』

オーディンのお言葉には絶対の自信が漲っていたが、私の胸に去来する不安から『ミナレットの詳細が判らない現状、何か問題が起こってはまずいのでは?』としつこいようだが、この不安を拭い去りたい事でまた訊ねる。

『シュリエルの言う通りだな。確かにミナレットについて判っている情報は数少ない。だが、海上と言うのが味方だ。私の有する魔道の中には大量の水を使うエーギルという術式がある。海水を利用すれば、どんな砲台だろうが城塞だろうが戦船だろうが確実に粉砕してみせる』

『やはりソレは今まで私たちが見た事のある魔導より威力が・・・?』

『ああ、強力だぞ。私の有する魔道の中でも上位のものだ』

今まで以上に強力な魔導。その言葉に不安が和らいだ。確かに和らいだのだが、完全に晴れたわけではない。ミナレットの問題はそれで解決だろうが、アンナの身の安全の問題は変わらずだ。オーディンとてそれが判っているはず。アンナを見捨てるわけはない。まだ何か考えがあると信じたい。

「オーディンさん・・・?」

「・・・了解した。ミナレット攻略、私たちグラオベン・オルデンに任せてもらおう」

「ありがとうございます。では、確認を。まずアムル奪還はオーディンさん達グラオベン・オルデンとアンゲルス・・・テンパランチアと国境防衛騎士団で。奪還後は、マクシミリアン艦隊と全騎士団は王都へ。グラオベン・オルデンはミナレットへ向かう。以上」

室内には異議なしの空気が。作戦と言うよりは配置決めだった。アムル奪還とミナレット攻略は力押しでも十分。王都攻略の詳細は、殿下たちが決めてくれるだろう。オーディンもそう考えたようで、退室のために立ち上がった時、「オーディン先生!」オリヴィエ王女が呼び止めた。

「こんな時にごめんなさい。ですがこんな時だからこそ、両腕を完治させてほしいんです」

「判りました。別室で行いましょう。クラウス、準備が整い次第、私たちはアムル奪還に向かう。少々ここヴレデンまで騒音や振動が伝わってくるかもしれないが、了承の程を。シュリエル、行くぞ」

「はい。オーディン」

オリヴィエ王女とリサと共に退室し、空き部屋にまで移動。テーブルを挟んで置かれているソファに向かい合うように座るオーディンとオリヴィエ王女を、私とリサは黙って見守る。

「オーディン先生。ミナレット攻略を受けて頂き、ありがとうございます。アンナさんは必ず私たちが救いだします。ご安心を」

「ええ、お願いします。では私からも一つ礼を。先程、私を庇って頂いてありがとうございました」

「いいえ。私の本音を言ったまでですから。それに以前、オーディン先生は、クラウスの夢に協力して下さるとも言って下さいましたし」

「・・・・争いのない世界を築く。誰もが抱く理想論でありながら、それを成そうと行動に移す者は一握り。クラウスはその苦難の道を歩む決意も覚悟も有る。見てみたかった。彼のその道行を。とは言え残念ながら最後まで付き合う事は叶わないでしょうが・・・」

オーディンがとても寂しそうなお顔をなさった。

「よし。これにて施術の全工程が完了です。両腕の障害は完治。オリヴィエ王女殿下、お疲れ様でした」

「ありがとうございました、オーディン先生。このご恩、決して忘れません」

「私からもお礼を言わせてくださいっ。オーディンさん、オリヴィエ様の腕を治して頂いて、本当にありがとうございましたっ!」

「どういたしまして。私がベルカに留まっている間でなら診察をさせていただきますので、何か問題が生じた際はご連絡を」

「あの、オーディンさん・・・先程からのお話を聴く限り、まるで居なくなってしまうような・・・・もしかしてベルカを近々離れるんですか?」

リサは不安そうに尋ねると、オーディンは「おそらく、だけどね」と答えた。判っていた事とは言えやはり寂しいものだ。アムルから離れ、エリーゼ卿たちと別れとなると。
先の戦場で“エグリゴリ”と交戦した事、オーディンが捜していた“エグリゴリ”がイリュリアと関係を持ち利用している事、技術部を利用し“エグリゴリ”の複製品を製造させている事、ベルカに居座る“エグリゴリ”を破壊した後に、ベルカを離れる事を伝えた。オーディンのその一言に2人は「そうですか」と寂しそうに肩を落とした。

「先程は私情の手前言えませんでしたが、私が王都へ向かいたい理由のもう1つです。勝手な申し分ですが、イリュリアの王を殺さずに生け捕りにして頂きたいのです」

「も、元より殺害するつもりはありませんっ。捕縛し、今後のイリュリアの国土分配などの話し合いに参加してもらいますから。テウタ女王には」

(テウタ女王? 今のイリュリアの王は確かゲンティウスではなかったか・・?)

オーディンも「テウタとは王女の名ではありませんでしたか?」と訊き返す。

「・・・公には発表されていませんが、どうやらテウタ王女が王位に就いたようなんです。先王ゲンティウス、兄バルデュリスがどうなったのかなどは判っていませんが、おそらくは・・・」

そこまで言って黙ったオリヴィエ王女の話を継ぐようにオーディンが「幽閉されたか殺害されたか、ですか」と嘆息。リサの言っていた通りだった。テウタが王になれば今まで以上の戦火が生まれる。正にミナレットは稼働し、世界に攻撃を始めた。そしてエテメンアンキというさらに強力な兵器が動こうとしている。

「どちらにしてもテウタ女王率いるイリュリア騎士団はこれより徹底的に戦火を撒き散らすでしょう。何としても食い止めなければなりません。そのためにシュトゥラと同じようにミナレットに攻撃されたバルトも王都攻略に参加する予定です。ですが残念ながら我々アウストラシアは傍観ということになってしまいましたが・・・」

「あの、それならばオリヴィエ王女、リサがこの場に居るのは大変問題があるのでは・・・?」

思わず声に出してしまい、しまった、と口を噤む。だが「大丈夫ですよ、シュリエルリートさん。許可は取ってあります」とオリヴィエ王女は微笑んでくれたのだが、陰りがあるのを見逃さなかった。横目でリサを見れば、リサは俯き加減で表情を隠すよう。戦場に立つことについて何かしらの条件を出されたのか、または別の理由か。

「・・・・シュリエル、行こう。それでは私たちはこれで失礼します」

私もオーディンに続き「はい。オリヴィエ王女、リサ。失礼いたします」一礼して踵を返す。「お気をつけて」オリヴィエ王女とリサの見送りの言葉を背に、いざ戦場へ。

†††シュリエルリート⇒エリーゼ†††

アムルの全住民の生存確認を終えて、その報告の為にまずシグナムさん達に告げた。負傷者はやっぱり出ちゃったけど、幸い亡くなった方は居なかった。みんな喜んでくれた。この喜びを早くオーディンさん、シュリエルさんとも分かち合いたい。そしてアンナとも。
今、オーディンさんはクラウス殿下とオリヴィエ王女殿下(見かけた時は本当に驚いたけど)達と一緒にアンナを救い出す作戦を考えてくれているはず。

(だからアンナ。無理はしないで。生き伸びる事だけを考えて。お願いだから・・・)

祈りをしていると、「あ、マイスター、シュリエル!」アギトが声を上げた。ヴレデンの当主屋敷からオーディンさんとシュリエルさんが出て来た。2人とも凄く真剣な表情で、駆け寄りたい衝動を抑えて待つ。

「・・・グラオベン・オルデン。今よりアムル奪還へ向かう」

こちらへ向かいながらオーディンさんがそう告げると、みんな「ヤヴォール!」と応えた。みんなカッコいい。ピリッとした空気の中、わたしの近くに来たオーディンさんに「アムル住民全員の生存が確認できましたっ」そう伝える。
オーディンさんは立ち止まって「良かった。戦船の墜落場所が誰も住んでいない郊外だったからだな」とわたしの頭を撫でてくれた。ふにゃっとなる。でも「ア、アンナの救出はどうなりましたか!?」今一番気になる事を訊いた。

「・・・・グラオベン・オルデンはアムル奪還後、魔力砲台ミナレットを攻略するためにトゥルム海沖の離島へ向かう」

オーディンさんのその話に、わたしやシグナムさん達はみんな「え?」って訊き返した。だって・・・イリュリア沖ってどうして? アンナはきっとイリュリア王都に連れていかれたはずなのに。

「ど、どういう事ですか、それ。アンナを助けに行くんじゃないんですか!?」

「そうだよオーディン! アンナ、きっとあたしらを待ってる!」

動けない声も出ないわたしの代わりにオーディンさんに詰め寄ったシャマルさんとヴィータに、「よせ、シャマル、ヴィータ」シグナムさんが止めた。わたしは頭の上に乗ってるオーディンさんの手を両手で退けて、「アンナを・・・助けてくれないんですか・・・?」そんな事ないはずなのに、そう訊かざるを得なかった。

「そんなわけないよねマイスターっ!」

「オーディン。まさかアンナは王都ではなくミナレットへと拉致された、というのですか?」

「いや。間違いなく王都だろうな。詳しい事をちゃんと話したいが、今は一刻を争うんだ。だからエリーゼ。これだけは解ってほしい」

オーディンさんは屈んで、目線をわたしに合わせた。オーディンさんの綺麗な蒼と紅の瞳の中に、泣きそうな顔のわたしが映って見えてる。

「エリーゼ。アンナは必ず助け出す。それは絶対だ。だから待っていてくれ。アンナが帰ってくるのを」

オーディンさんの言葉に満ち満ちている力強さが、胸の内に渦巻いていた嫌な感情が晴れてく。信じよう。疑うんじゃなくて。今までそうだったんだから。オーディンさんは、きっとアンナを連れ帰って来てくれる。だから「うん」頷く。するとオーディンさんは「ありがとう、エリーゼ。待っていてくれ、まずはアムルを取り戻してくるよ」そう微笑んでくれた。

「みんな、聴いてくれ。私たちグラオベン・オルデンのこれからの行動を大まかに言えば、ミナレットを時間をかけずに破壊する事だ。別動隊であるクラウス達の率いるマクシミリアン艦隊と騎士団が王都の攻略中、他国への攻撃の心配を失くす。
ミナレット破壊後、私たちも王都へ侵攻。それまでにアンナが救出されていない場合、アンナの捜索、そして救出だ。アムル奪還、ミナレット破壊、王都への移動、アンナ救出とイリュリア王都での戦闘、かなり密度の濃い最後の戦いだ。みんなには無茶も無理も強いるかもしれない。それでも何としても成したい。力を貸してくれ」

アンナを最優先出来ない理由がそれだった。わたしは自分の事、アンナの事ばかりを見てた。でも今、ベルカは本当に大変な状況にある。アンナを優先するのはわたしの我が儘。だけどそんな状況の中でもオーディンさんは、そしてクラウス殿下たちもアンナ救出に協力してくれる。
それが何よりも嬉しくて。そしてオーディンさんを少しでも疑った自分が醜くて。オーディンさんに「ヤヴォール!」と応じるみんなの表情にもすでに迷いはなくて。ごめんね、アンナ。もう少しだから。みんな、アンナの為にも動いてくれてる。だからあと少しだけ待ってて。

「グラオベン・オルデン、出撃だ!」

オーディンさん、アギト、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータ、ザフィーラさん、シュリエルさん、そして新しい家族のアイリ。みんなが空へと上がってアムルの方へと飛んで行くのを、姿が見えなくなるまでずっと見送った。

「よしっ。モニカとルファの手伝いに行こう・・・!」

負傷者の治療を、シュトゥラの医療技術団のみなさんとしているモニカとルファ。以前は一緒に医学を学んだ仲なのに、気が付けばすごく差をつけられちゃった。でも悔しくなんてなくて、ただ純粋に尊敬の念しかない。道は分かれちゃって、わたしなんかの医療技術なんて役に立たないかもしれない。でも何か、何でもいいから手伝えることがあれば。それで良いと思う。

「貴女が・・・エリーゼ卿、ですか・・・?」

「ふぇ?・・・・・・え?・・えええええええええ!?」

名前を呼ばれて振り返ってみればビックリ。だって、だって・・・「オ、オ、オオオ、オリヴィエ王女殿下・・・!!」憧れのオリヴィエ様がいたのだから。とにかくわたしがエリーゼである事を認めるために何度も頷く。
オリヴィエ様はわたしの狼狽ぶりにきょとんして、でもすぐに「はい。はじめまして。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトです」と微笑んで下さった。わたしに右手が差し出された。握手を求められているのだと判って、

「は、ははははじめまひてっ。わ、わわ、わたた、わたし、その、エリ、エリーゼ・フォン・シュテルンベルクれすっ!」

思いっきり噛みまくっちゃってるけど、それでも自己紹介して、なんとか握手に応じる事が出来た。オリヴィエ様の手は思っていた以上に小さくて幼くて。だからか一気に冷静になれた。

「落ち着いて下さい、エリーゼ卿」

微笑みかけて下さるオリヴィエ様に、「ありがとうございます。もう大丈夫です」と握っている手に少し力を込める。するとオリヴィエ様もキュッと力を込めてしっかり握り返してくれた。あぁわたし、嬉しさのあまり気を失っちゃいそう。こんな状況だというのに夢心地に浸っていると、

「エ、エリーゼ卿! 鼻血が・・・!」

「え? ああ! 申し訳ありませんっ。大変お見苦しいものを!」

オリヴィエ様を遠目で見れただけでも幸せな事なのに、お声を掛けて下さって、その上握手まで。冷静になれたって勘違い。興奮しすぎて鼻血が出てしまったよう。急いでハンカチで拭う。その間、オリヴィエ様はまったく頬笑みを崩すことなく、わたしを待っていて下さった。なんとか鼻血を止めて今の不虞について謝罪すると、オリヴィエ様は「お気になさらずに」と許して下さった。

「ふふ。・・・・オーディン先生の目的はすでに聞き及んでいますが、貴女のような可愛らしい方がいらっしゃるのに、何もベルカを去らずともいいと思うのですけどね・・・」

「え・・・?」

オリヴィエ様は今なんと仰ったの? オーディンさんがベルカを去る? そんな話、聴いてない。「あ、あの・・・今の、どういう・・・?」声が震えているのが判る。

「?? 先の戦で、オーディン先生がお捜ししているエグリゴリがイリュリアの技術部を利用し、エグリゴリの複製品を製造していると判明したそうで。今回のイリュリア侵攻で、出来うる事なら決着をつけるつもりなのかと」

わたし、何も知らなかった。“エグリゴリ”。オーディンさんがベルカに訪れた理由。そしてわたしと出逢う事になったきっかけ。その“エグリゴリ”の尻尾を捕まえた。どうしよう・・・オーディンさん、居なくなっちゃう・・?

「オリヴィエ様っ。お時間がありません。お急ぎ旗艦ローリンゲンへ!」

「判りましたっ。リサ、先に乗艦していなさい!・・・あの、エリーゼ卿?」

「あ・・はい・・・」

頭の中がごちゃごちゃして足元も不安定な感じだけど、オリヴィエ様にはきちんとお応えしないと。返事をすると「ごめんなさい。オーディン先生からすでにお話を窺っているものかと」オリヴィエ様は申し訳なさそうに目を伏せる。今のわたしには「いえ! お気になさらないでください!」としか言えなくて。

「・・・それではエリーゼ卿。私はこれで失礼しますね」

踵を返して、停泊している戦船(ローリンゲンっていう名前みたい)へと向かうオリヴィエ様は「伝え忘れていました」そう立ち止まって振り返り、「アンナさんは、私たちが必ずお助けします。ですからご安心を」そう告げて、颯爽と去って行った。
嬉しい言葉なのに、頭の中にはオーディンさんとの別れという言葉の羅列ばかりで。判っていたはずなのに。いつかオーディンさんはベルカでやるべき事を成して、去っていくって事は。でも実際にその現実が近付いてきていると思うと、すごく胸が苦しくて。どうすればオーディンさんを引き止められる?

――ミナレット破壊後、私たちも王都へ侵攻。それまでにアンナが救出されていない場合、アンナの捜索、そして救出だ。アムル奪還、ミナレット破壊、王都への移動、そしてアンナ救出とイリュリア王都での戦闘、かなり密度の濃い最後の戦いだ――

「最後の・・・戦い・・・?」

ふとさっきのやり取りを思い出した。最後。一体何を指して最後なの? 普通に考えればイリュリアとの戦いが、だと思う。でもイリュリアが落ちればきっと“エグリゴリ”との戦いも再開されて、そのまま終結する事も。
そうなればオーディンさん、きっとアギトもシグナムさん達もアムルから、ベルカから居なくなる。たぶんオーディンさんの出身世界(どこかは詳しく聞いていないけど)に帰るんだ。

「・・・ヤだ・・・そんなの・・・嫌だ・・・別れたくないよ・・・」

あんなにも楽しい日々が、もうすぐ無くなるなんて考えたくもない。両脚に力が入らなくなってその場で両膝をついて、そのままお尻をついて座り込んだ。

「だって・・・こんなにも・・・・オーディンさんの事が好きなのに・・・!」

「だったら告白しないとね」

いきなり耳元に声を掛けられて「ひぅ?」ビックリして振り返る。そこには屈んで私をジッと見ているターニャが居て、「好きなら繋ぎ止めないと、ね?」そう言って立ち上がって、アムルへと続く道のある門へと歩き出した。

「ちょ、ちょっとターニャ!?」

駆け寄って肩を掴んで止める。

「どこへ行こうっていうの!?」

「決まってるじゃない。ディレクトア達の手伝いに行くの」

なに当たり前の事を言ってるの?みたいな顔をするターニャ。それはこっちの台詞だよっ。グレゴールを引き付けるために独りで戦ってボロボロにされた傷は癒えているけど、まだ本格的な戦闘はまだ出来ないはず。

「私の事はいいから。エリーゼは、ディレクトアがもし王都に向かう前に戻ってきたら、告白でも口付けでもして引き止めなさい」

「~~~~~~~っ!!」

告白だけならまだしも口付けだなんて。ターニャは「いっつも手の甲とかにしてるじゃない」なんて気軽に言ってくるけど、手の甲と唇とじゃ全然違う。

「ディレクトアとこれからもずっと一緒に居たいんでしょ。だったら素直に、時に大胆に迫らないと。別にベルカを離れなくても、アムルを拠点にしてエグリゴリとかいう連中を捜せばいいんだしね。エグリゴリを倒したらそのままアムルで、エリーゼやみんなと一緒に暮らせばいい」

「あ・・・!」

言われて初めて気付く。そうだ。世界間の移動は大変だろうけど、その分わたしが頑張って魔力を補充すればいいんだ。そうだ、一緒に旅に出るのもいい。仕事は滞っちゃうけど、帰ってきたら一気に片付けちゃえばいいんだ。

「でしょ?・・・・それじゃ行くわね」

「ちょっと待って。それとこれとじゃ話が別。行かせない、そんな体でまともに戦えるわけがないでしょ」

また歩き出そうとするターニャの腕を取る。すると「やっぱりダメ?」なんて首を傾げて可愛らしく訊いてくるけど、「ダメ」一刀両断。今のターニャをアムルに向かわせるなんて、死にに行かせるものようだ。だから「お願いだから行かないで・・・」懇願すると、ターニャは「エリーゼ。・・・うん、判った・・・」そう頭を撫でてくれた。

 
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