全てを賭けて
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第一章
全てを賭けて
イエニチェリは強かった、まさに無敵と言ってよかった。
その旗、鍋のそれを見ても彼等が行軍中に演奏させる音楽を聴いてもだ、敵は逃げる程だった。
鉄砲を持ちそれも強かった、だがそれ以上に。
鉄の団結力とトルコ皇帝への絶対の忠誠、まさにそれが彼等の強さの秘訣だった。欧州のどの国の軍もそのことにも適わなかった。
だからだ、欧州の者達は口々にこう話した。
「あの忠誠心は何だ」
「イエニチェリはトルコ皇帝に絶対の忠誠を誓っているが」
「あの忠誠は何だ」
「普通ではないぞ」
「有り得ないまでだ」
そこまで強いものだというのだ。
「あの者達は何なのだ」
「キリスト教徒だったというが」
「しかも皆肌が白いぞ」
彼等と同じく、というのだ。
「我等と一緒ではないか」
「しかし何故だ」
「何故トルコ皇帝に忠誠を誓う」
「例えトルコ領に生まれ育てていても」
「それで何故だ」
「何故バチカンや神聖ローマに向かわずトルコに残る」
「そしてトルコ皇帝に忠誠を誓うのだ」
中にはだ、こんなことさえ言う者もいた。
「サラセン共に与する」
「悪魔達に」
当時イスラム教徒達はサラセン人と呼ばれまさに悪魔だと思われていた、それだけ彼等がトルコの驚異に晒されていたのだ。
「それでか」
「何故だ」
「しかもイエニチェリは常に皇帝の傍にいる」
言うならば近衛兵だ、オスマン=トルコの切り札であるとも言っていい精鋭部隊なのだ。それだけに地位も高い。
だが、だ。それ以上にだったのだ。
「あそこまでの忠誠は」
「騎士のそれ以上ではないのか」
欧州の彼等のだ。
「彼等のそれぞれの王への忠誠以上だ」
「もう騎士の時代ではないが」
既にその時代は終わろうとしていた、その頃にオスマン=トルコが暴風の如き勢いで欧州に迫ってきているのだ。
「それでもな」
「彼等は違う」
「騎士以上の忠誠だ」
「あの忠誠は何だ」
「何故あそこまで忠誠を誓える」
「かつてはキリスト教徒だった彼等が」
このことが最もだ、欧州の者達がわからず首を捻ることだった。
「イスラムの皇帝に忠誠を誓う」
「キリスト教から改宗したにしても」
「あそこまでの忠誠はわからない」
「まさに絶対ではないか」
「鋼鉄の如き忠誠だ」
その域まで達しているというのだ。
「あれはどうしてだ」
「イエニチェリの強さの一つにもなっているが」
「それを知りたいな」
「全くだな」
誰もがこう思った、それでだった。
そのオスマン=トルコと対峙している神聖ローマ帝国でもこのことについて真剣に考えられていた、それでだった。
皇帝であるカール五世、スペイン王でもあるがこちらでは一世である彼が家臣であるシュタッツベルグ子爵に対してマドリードにおいてこう言った。
「卿に命じることがある」
「何でしょうか」
「卿をトルコへの密偵に任じる」
「あの国に、ですか」
神聖ローマ帝国の宿敵であるあの国にというのだ。
「私を」
「そうだ、そしてだ」
「そのうえで、ですか」
「卿にイエニチェリについて調べてもらう」
彼等について、というのだ。
「そうしてもらえるか」
「わかりました」
一言でだ、こう答えた子爵だった。黒髪に青い目である、その端正な顔立ちには鋭利な知性が感じられる。
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