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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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三十六 波紋

禿鷹が飛んでいる。

山の如き聳える岩々の合間を縫い、乾燥し切った空気を裂くように旋回。太陽を背に飛んでいたそれは獲物の姿を認めると急降下した。不連続に連なる岩肌に影を落とし、疎らに生えている枯れ木の枝で羽を休ませる。

焼け爛れた岩や黒ずんだ柱石に覆われ、みすぼらしい低木が点々と並ぶ荒野。荒廃し切った砂漠上、天から絵の具でも垂らしたような金と赤の鮮やかな点を禿鷹は見つめた。ギラギラとした太陽がその場にいる者達の身をじりじり焼き付ける。

どちらが己の死肉になるのかでも考えているのだろうか。首を伸ばし、興味津々といった視線を禿鷹は投げ掛ける。

鋭い鳥目の先にはナルトと我愛羅の姿があった。









「自分の為だけに闘い、自分を愛して生きる。他人は全てそれを感じさせる為に存在している道具だと思えば、これほど素晴らしい世界はない。そしてお前は俺の存在を確かめさせてくれる唯一の存在だ――――うずまきナルト」

淡々と言葉を紡ぐ。
冷静な声音に反し、うずうずと何度も空を掻く手。血走った瞳。
明らかに一戦交える意気込みでやって来た我愛羅に、ナルトは苦笑を漏らした。思わず呟く。
「お前の世界は狭いな」
「…なんだと?」
我愛羅の全身から濃厚な殺気が迸る。鋭い視線に射抜かれてもナルトは素知らぬ顔で微笑を返した。
「相手が違う。君の相手は他にいるよ」
ぴくりと眉を動かす。意図を理解出来ず、我愛羅は少しだけ殺気を抑えた。
「うちはサスケのことか?」
「試合は、ね。俺が言ってるのは勝負のことだよ」
「だからそれが貴様だろう」
我愛羅は答える。会話しながらも彼の手は動きを止めない。砂が二人の間を吹き抜けた。

「違う――――波風ナルだ」


ナルトの答えは我愛羅の理解の範疇を越えていた。予想外。理解に苦しむといった風情で眉を寄せた我愛羅を、ナルトは真っ直ぐに見据えた。
相手の出方を窺うといった膠着状態。双方の間に流れる短い沈黙は、ナルトの一言で破られた。


「何の為に存在し、生きているのか」

我愛羅の双肩がびくりと跳ね上がる。昔から題材にしてきた己が抱く質疑をいとも簡単に指摘され、彼は耳をそばだてた。
「生きている間はその理由が必要。そしてその答えが見つからぬ限り死んでいるも同然、とでも考えているのかな?」
「…そうだ。俺は俺以外の人間を殺す為に存在している」
「だとしたら君の存在は本当にちっぽけなものだよ、我愛羅」
辛辣な物言い。朗らかな笑顔で批判され、我愛羅の眉間の皺が深くなる。背にした瓢箪から砂が緩やかに宙へ舞い上がった。


「たくさん殺せば自分の存在を確かめられる。他人の死が自分の強さの象徴。そんなふうに考えているのなら、君は一生強くなれない」
「何を言っている?殺した数が己の強さであり、生きる存在だ。そして今俺を満足させられるのはお前だ。うずまきナルト」
依然として己との殺し合いを強要する我愛羅に、ナルトは嘆息した。

「強さを決めるのは圧倒的な力じゃない。いくら君が強くても、波風ナルには勝てない」
「怖気づいたのか」
頑なに戦闘を拒む彼を挑発する。だがナルトは静かに笑みを浮かべただけだった。それが我愛羅の癇に触る。
(波風ナルを引き合いに出して俺との闘いを避けるつもりか…ッ)


組んでいた腕を解き、口角を吊り上げる。両手を広げ、我愛羅はぐいっと顔を突き出した。
彼の想いを酌み取ったのか、小刻みに動き始める足下の砂。同時に瓢箪の中身が蠢き出す。


「さぁ、感じさせてくれ……」


瞬間、殺気と砂がその場にドバリと溢れた。















周囲の石を蹴散らす。岩を砕き、柱石を抉ってゆく攻撃性を持った砂。
自身目掛けて押し寄せる砂の奔流を、ナルトは何ともなしに眺めていた。特に何もせず、瞳を瞬かせる。




刹那、砂がぱあんと弾け飛んだ。




音を立て地に墜ちる己の得物に目を見張る我愛羅。だが即座に彼は両腕を前方へ振り上げる。
腕の動きに従って、天高く舞い上がる砂。瓢箪の中身だけでなく荒野に散らばる砂をも掻き集め、上昇させる。岩石や低木しか無いこの砂漠は我愛羅にとって最も有利な場所だ。

猛烈な勢いで巻き上がった砂が雲を太陽さえも覆い尽くす。空一面の渦巻く砂海。

膨大な量の砂粒はまるで太陽の血潮のようだ。上空からナルト目掛けて一気に降り注ぐ。観戦していた禿鷹が慌てて空へ避難した。






天から地に叩きつけられる海。轟音を伴った砂の洪水が我愛羅にまで押し寄せる。
大きく広がる砂塵の波。濁流は周辺の低木までもを呑み込んでゆく。大小の岩石が押し流され、石柱が削られる。広大な砂地に果てしなく形作られる波紋。
やがて晴れゆく砂煙の中、我愛羅の目が大きく見開かれる。







砂海の中心にてナルトが平然と立っていた。






砂嵐でも起こったのかと思えるほど、辺りは散々たるものだった。
特に惨たらしい様を見せるのは、砂が墜落した地点。足下の畝状の隆起が如何に激しかったかを物語っていた。しかしながら周囲が凄まじい衝撃を受けている反面、そのちょうど中央だけがまるで台風の目の如くぽっかり空いている。惨状の中、傷一つ無い状態で佇む彼の姿は異様であった。

ふっとこちらに向けられた青の双眸に、我愛羅の身体が無意識に強張った。同時に周辺の砂がナルトを避けるように円を描き、空へ再び舞い上がる。
己の総身の意思に反して瓢箪の中へ戻って来たそれらを、我愛羅は呆然と見送った。




今まで彼には敵がいなかった。全てをねじ伏せ、圧倒し、そしてその命を刈り取った。
己の力の前では誰ひとりとして抗えない。だから周囲の人間は自身を怖れ、憎み、命乞いさえした。
化け物と罵られ、実の父親にも危険物と見做される。異物扱いなど日常茶飯事。

ならばもう人ではないのだろう。人の道理に外れても何等支障は無い。
なぜなら俺は化け物なのだから。


力を求める。己を孤独という地獄に追い込んだ者を殺す為に。
より強い者と殺し合う。自身の存在価値を確かめる為に。
そう結論を下す事で生き永らえてきた我愛羅は、中忍試験を受けるに当たって、強い存在を探し求めた。

まず目をつけたのは、うちはサスケ。次に自身を馬鹿にした君麻呂。
そして最後に、君麻呂が強者と称し、従っている――――うずまきナルトに強い関心を抱いた。

最初は本当に強いのか半信半疑だった。だが圧倒的な力量差でリーを打ち負かしたナルトの試合を観て、それは確信へ変わった。
うずまきナルトこそが己の獲物だと。

闘いたい。いや殺し合いたい。そして己の存在価値を認識したい。
ナルトを殺す事で、その全てを消し去った存在として、『生』を実感したい。


だがなぜかナルトは「同じ里だから」という単純な理由で、あっさり試験失格となった。
同じ里の者に幾度となく暗殺され掛けた我愛羅には理解出来ない。そしてまたナルトと闘う機会を、諦められるはずも無かった。
だから宿を脱け出し、毎日のように里中を捜した。なかなか見つけられなかったが、今回木ノ葉病院から出て来たところを偶然見掛け、跡をつけたのだ。

このチャンスを逃してなるものか、と意気込んで戦闘を仕掛ける。都合の良い事に地の利はこちらにある。負ける気はしなかった。





だというのに、この状況は何だ。どうして砂は怯えるように瓢箪へ戻ったのだ。
そしてうずまきナルトは、なぜ己を前にして、余裕でいられる。
全てが初めての経験ばかりで我愛羅は内心戸惑っていた。





静寂が訪れる。ややあって我愛羅はナルトをギロリと睨んだ。怒りで肩を震わす。
「…なぜ何もしない!?」
「俺は闘うつもりなんて毛頭無いよ、我愛羅」

再度降りる沈黙。その静寂を禿鷹の羽音が打ち消した。灰白色の羽根が抜け落ち、二人の間へゆっくりと降りてくる。やがて静かにナルトが口を開いた。

「君は力を求め、憎しみと殺意に満ち溢れている。本当の孤独を知り、それがこの世の最大の苦しみだと知っている…」
「……!!」
「だけど君は影に生きるべきではない。影を背負う器だ」
「…全てを見透かすような言い方は止めろ!お前に何がわかる…ッ!知ったような口を利くなっ!!」

珍しく取り乱した我愛羅が怒鳴る。
自分が憎むべき父――風影の器に、化け物がなれるものか。そんな事、冗談でも言ってはいけない。
物凄い形相で、見る者全てが竦み上がるほどの殺気を放つ我愛羅。それをナルトは悠然と受け止めた。
「わかるよ」
微笑む。


「君の目はかつての俺と同じだからね」













一瞬言葉を失う。

息を呑み、立ち尽くした我愛羅の首筋に何か鋭いモノが押し付けられた。
感触からしてクナイだろうか。何か鋭利なモノで自身を狙うその存在に、我愛羅は愕然とした。
チャクラも気配さえも感じない。何より絶対防御を誇るこの自分が背後をとられた事実に、彼は動転した。
振り向こうとするが、ナルトの声が我愛羅の動きを妨げる。

「さて。そろそろお開きにしようか」

自身の首に押し付けられた鋭いモノが力を入れる。途端、チクリとした小さな痛みが我愛羅の全身を駆け巡った。
眼前の光景が揺らめく。とても立っていられなくなり、我愛羅はガクリと膝をついた。それでも力を振り絞り、負けじと叫ぶ。

「貴様を殺して、俺の強さを証明してやる!!」
「うちはサスケと試合し、波風ナルと勝負して…。それでも殺し合いたいのなら君の挑戦を受けるよ、我愛羅」
朦朧とする視界の中で、ナルトの穏やかな顔が見えた。
「だけど憶えておいて。もしナルやサスケを殺した後で俺の前に来たのなら……」
次に告げられた彼の一言に、我愛羅はある感情を抱く。初めて体験し、感じたそれは我愛羅自身認めたくないモノだった。


「その時は覚悟しておいたほうがいい」


それは紛れも無く、恐怖であった。
















そこで我愛羅の意識はぷつりと途絶える。正気に返った時、彼の瞳に映ったのは血を分けた姉兄だった。
今まで何処にいたのかと問い詰める彼らの声を聞き流し、我愛羅は周囲を見渡した。どうやって辿り着けたのか、何時の間にか宿に帰っていた自分に戸惑う。
しばらく考えに耽っていた我愛羅の脳裏に、深き青が鮮やかに浮かび上がった。

(確かに俺と同じ…いいやそれ以上に、)

意識を失う寸前、我愛羅を射抜いた双眸。強さを湛えた青は太陽の如くじりじりと我愛羅の脳裏に焼き付いた。
本人同様強い印象を与えたナルトの目は―――――。




(孤独を知っている目だった…)

















我愛羅の攻撃により、先ほど以上に殺風景な砂漠。
毒々しい炎を立ち上らせた太陽が地平線に没し始める。見渡す限り草木の一本すら生えていない砂地。

突如、その一部が蠢いた。

どろりとした赤き残光を受けながら、ザザザと砂海を泳いだソレはナルトの傍へと近寄る。
「お疲れ様」
姿無きソレを労わるように、ナルトが微笑を浮かべた。その優しき声音に誘われたのか、ソレは姿を現す。

夕焼けを浴び、くるると喉を鳴らす巨大なカメレオン。

透明化し、砂中に身を潜め、我愛羅の背後に回り込んでいた。その正体であるカメレオンは我愛羅の首筋に押し付けていた鋭い舌をくるりと丸め、ナルトの身体に擦り寄る。
自身の何倍もの大きさの口寄せ動物。その顎を優しく撫でてから、ナルトは「それじゃあ彼によろしくね」と印を結ぶ。
ぽんっと立ち上った白い煙を見つめる彼の背中へ、石柱陰で隠れていた香燐が声を掛けた。

「すげえな。さっきの口寄せ動物…。何処で見つけたんだよ?」
「借りていただけだよ」
ナルトの言葉に、ふぅんと気の無い返事をする。彼の肩越しに広がる光景に、香燐は目をやった。

激しい砂嵐が通り過ぎたかのような有様。今の今までいた我愛羅の中に潜むチャクラを思い出し、香燐はぶるりと身震いした。
「…あの我愛羅って奴、ヤバいぜ。我愛羅自身もヤバいけど、その奥にいるヤツはもっとヤバい」
顔を歪ませる。どこか怯えを含む彼女の声に、ナルトは振り返った。事前に頼んでおいた事柄を訊ねる。
「我愛羅のチャクラ、憶えてくれた?」
「あ、ああ。一応特定したけど…」
香燐の発言に満足し、ナルトは空を仰いだ。頭上で円を描く禿鷹を視線で追う。訝しげな表情を浮かべる香燐の隣で、彼は口元に微笑を湛えた。




我愛羅の存在を主張するように未だ畝を成す波紋。
太陽はとうに沈み、砂漠は虚ろな闇に呑み込まれつつあった。
 
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