| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河親爺伝説

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

最終話 皇帝への道




帝国暦 486年 10月 23日   ティアマト星域  総旗艦ヴィルヘルミナ  ラインハルト・フォン・ミューゼル



俺と爺さんが総旗艦ヴィルヘルミナの艦橋に入るとそこには精彩の無い総司令官ミュッケンベルガー元帥と今にも噛み付きそうな顔をしているフレーゲル男爵が居た。ザマアミロだ、この二人の目論見はことごとく潰えた。俺は生きている、ミッターマイヤーも生きている。コルプト子爵は死んだ、どのように死んだのかは聞いていない。ミッターマイヤーが生きている事だけで十分だ。

そして戦いは俺と爺さんの働きによって勝った。帝国軍本隊との混戦で消耗しきった反乱軍に対して俺が後方から中央突破を図ると爺さんが迂回して反乱軍の側面を突いた。長い混戦で疲れ切った反乱軍にはそれに耐える力は無かった。出来れば包囲殲滅したかったがこちらも本隊が疲労困憊で動けなかった。止めを刺す事は出来なかった。それでも十分な勝利だろう。

俺と爺さんがミュッケンベルガー元帥の前に行くと元帥が頷いた。良く来た、というよりはもう一仕事、そんな感じだ。
「ミューゼル提督、リュッケルト提督、この度の戦い、見事な働きだった。陛下も御喜びであろう」
つまりお前は喜んでいないという事だな。そう思ったが“恐れ入ります”と言って頭を下げた。爺さんは無言で頭を下げている。

頭を上げるとフレーゲルの表情がさらに歪んでいた。また思った、ザマアミロ。ミュッケンベルガー元帥は俺達に艦隊に戻り後の指示を待つようにと命令した。俺達の顔など見たくない、そう思ったかもしれない。俺はミュッケンベルガーの作戦を滅茶苦茶にしたし爺さんは奴が混乱している時に後ろで高みの見物だった。気持ちは分かる、俺達をにこやかに迎えろと言うのは無理だ。

嫌々の讃辞だろうが気にする事は無い、大事なのはミュッケンベルガー元帥が俺の武勲を認めたという事だ。これで上級大将に昇進だ、ローエングラム伯爵家の継承に華を添えてくれるだろう。爺さんは如何かな? 難しいかもしれない、多分勲章だろう。馬鹿げている、俺なら爺さんを間違いなく昇進させるのに……、何時か、何時か俺が……。

艦橋を出て通路を歩いているとリメス男爵の姿が見えた。俺達を待っていたのかもしれない、そう思うと後ろめたさを感じた。リメス男爵からは好意を示されたが結果としては彼にまで酷い目に遭わせた、文句を言われてもおかしくは無い。男爵は穏やかな笑みを浮かべている、多少怯むものが有った。

「ミューゼル提督、ミュッケンベルガー元帥から讃辞はいただけましたか」
「ええ」
「そうですか、それは良かった。これで上級大将ですね、おめでとうございます」
「有難う、リメス男爵。卿からの忠告が有った御蔭だ、感謝している」
怒ってはいない? 男爵はにこやかなままだ。

「リュッケルト提督は如何です?」
「俺も褒めてもらったよ。でもまあ昇進は無理だろうな、勲章を貰えれば良いところだ」
おいおい、爺さん、大丈夫か、そんな口調で。驚いたが男爵はまるで気にしていなかった。妙な男だ。
「残念ですね、でもまあその内良い事が有りますよ」
そう言うと男爵は俺を見て“そうでしょう?”と笑みを浮かべながら同意を求めてきた。曖昧に頷いたがヒヤリとしたものを感じた。まさか……。

「ところでミッターマイヤー少将は無事ですか?」
「無事です」
「ではコルプト子爵は?」
「残念だが戦死したと聞いている」
リメス男爵が“そうですか”と言って頷いた。笑みは無い、コルプト子爵の死を悼んでいるように見えた。まさかな。

「コルプト子爵には子供が居ません。コルプト子爵の戦死を知ればオーディンでは次のコルプト子爵を誰にするかで大騒ぎでしょうね」
「……と言うと」
俺が問い掛けると爺さんが“ミューゼル”と俺の名前を呼んだ。

「あそこはブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家と縁戚関係に有るんだ。両家とも自分の息のかかった人間を次の子爵にしようとするだろうな。両家とも面子がかかっている、お互い簡単には退かねえだろう。次期コルプト子爵が決まるには時間がかかる筈だ。男爵はそう言っているのさ」
リメス男爵に視線を向けると“ま、見物ですね”と言ってクスッと笑った。

「コルプト子爵は上手く嵌められたのかもしれません」
妙な事を言う、どういう意味だ?
「コルプト子爵はブラウンシュバイク、リッテンハイム両家の間で上手く立ち回っていました。両家はその事をかなり不満に思っていたようです、利用されているとね。特にブラウンシュバイク公はコルプト大尉の所為で面倒に巻き込まれている。かなりの憤懣が有った」

「まさかとは思うが……」
俺が爺さんに視線を向けると爺さんは肩を竦めて“有り得るだろうな”と答えた。
「コルプト子爵がミッターマイヤー少将を殺しても良し、逆に少将に殺されても良し。フレーゲル男爵辺りが焚き付けたかもしれません。だとするとコルプト子爵も哀れですね」
なるほど、リメス男爵がコルプト子爵の死を悼んでいるように見えたのはこれの所為か……。確かに哀れだ、悼む気にはならないが哀れだとは思える。

「気を付けてくださいよ、ミューゼル提督。あの連中は他人を利用する事、蹴落とす事を直ぐに考える、そして上手です。ローエングラム伯爵家を継げばこれまで以上に提督には利用価値が出る。提督を利用しよう、蹴落とそうとする人間は増える筈です」
「……」
リメス男爵は如何なのだろう。何故俺に好意を示すのか……。

「それとコルプト子爵家の継承問題がこじれればミッターマイヤー少将の命が再び狙われるかもしれません。気を付けるように忠告してください」
「どういう事です?」
こじれれば命を狙われる? どういう事だ、後継争いでそれどころではないと思うのだが。俺が問い返すと男爵は“こういう事です”と言った。

「コルプト子爵家が混乱した原因を作ったのがミッターマイヤー少将ですからね。それを取り除いた、仇を取ったというのは後継者としての正当性の証明になる。そう考える人間が出るかもしれません」
「なるほど、そりゃあるな」
爺さんが頷いている。確かに有り得る話だ、しかしうんざりだな。

「リメス男爵、御忠告、感謝する」
俺が礼を言うとリメス男爵は軽く笑みを浮かべた。
「何か力になれる事が有ったら言ってください。では」
リメス男爵が歩き出した、多分艦橋に向かうのだろう。俺と爺さんも逆方向に歩き出す。十分に距離が離れてから爺さんに話しかけた。

「妙な人物だな、何を考えているのか……」
「不安か、ミューゼル」
爺さんがニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んだ。
「多少は有る、何と言うかちょっと得体のしれない所が有ると思う。爺さんはそうは思わないか?」
「まあそうだな、そういうところは有る」

「一番嫌な所は敵なのか味方なのか判断出来ない事だ」
「ほう、男爵はお前に好意的に見えるがな」
「貴族というのが他人を利用する事が上手いと言ったのは男爵自身だ。男爵も貴族だからな」
「なるほど」
“まあ俺もローエングラム伯爵家を継ぐけど”と言うと爺さんが笑い出した。

「お前は貴族には向かねえな。他人を利用するのが下手だ」
「……」
「いや、そうでもないか。ミュッケンベルガーは上手く利用した。やれば出来るじゃねえか」
思わず苦笑が漏れた。爺さんには敵わない……。



帝国暦 486年 12月 10日   オーディン  新無憂宮 ラインハルト・フォン・ローエングラム



「この度、陛下の御恩情をもちましてローエングラム伯爵家を継承致しました。心から御礼申し上げます」
片膝を着き恭しく頭を下げた。
「うむ、今日からローエングラム伯か。ローエングラム伯爵家は武門の名門、軍人であるそちには相応しかろう、確と努めるがよい」
「ははっ、必ずや御期待に添う事を誓います」

フリードリヒ四世が“うむ”と頷いた。酔っているのだろう、多少呂律が怪しい。こんな男が神聖不可侵なる銀河帝国皇帝とは……。もう少し、もう少しだ。上級大将になった、あと一つ勝てば帝国元帥になる。元帥府を開き有能な部下を招き何時か……。そして姉上を助け出す。もう少しだ。

「来年早々、そちを総司令官にして遠征軍を起こす」
「真でございますか?」
思わず声が弾んだ。皇帝が軽く笑うと“国務尚書”と傍にいたリヒテンラーデ侯に声をかけた。リヒテンラーデ侯が皇帝に一礼してからこちらを見た。好意の欠片も無い視線だ。

「真だ。ローエングラム伯、卿を総司令官として遠征軍を起こす。兵力は二万」
「二万?」
「不満かな、ローエングラム伯」
リヒテンラーデ侯の声が尖った。視線も鋭い。

「とんでもありません。二万もの兵を預けて頂けるのかと驚いた次第です」
「陣容については帝国軍三長官が検討中だ」
「有難うございます、必ずや陛下の御期待に添います」
俺が礼を言うと皇帝が“期待しているぞ、下がるがよい”と言った。

謁見を終え新無憂宮の廊下を歩いていると爺さんの姿が見えた。ニヤニヤ笑っている。
「よう、ローエングラム伯第一日目の感想は如何だ?」
「喜びが半分と失望が全部、かな」
「何だ、そりゃ」
爺さんが不思議そうな顔をしたから来年早々出兵の事を説明した。爺さんはフンフンと頷いていたが聞き終ると溜息を吐いた。

「二万か」
「二万だ」
「そりゃまたえらく中途半端な兵力だな」
「俺もそう思う」
「フン、嫌がらせだな、お前を勝たせたくねえ、そういう事だ」
俺は黙って頷いた。

通常帝国でも反乱軍でも一個艦隊と言えば一万二千隻から一万五千隻程度の兵力を持つ。二万隻と言えば一個艦隊の兵力としては破格だろう。だが遠征軍の兵力がその二万隻だけとなれば話は違ってくる。反乱軍は当然だがこちらよりも多い兵力で迎え撃とうとするはずだ。となれば艦隊は最低でも二個艦隊、おそらくは三個艦隊は動かすだろう。こちらは兵力も艦隊数も少ない状況で戦う事になる。

「変更の余地は無しか」
「無いだろうな、今日陛下の前で伝えられたんだから」
「そうか、……で、誰を連れて行くんだ。俺とロイエンタール、ミッターマイヤーか? 遠慮するな、何時でも行くぞ。伯爵閣下の初陣だからな、腕が鳴るぜ」
爺さんが陽気に腕を撫でる仕草をした。
「……爺さん」
嬉しかった。敗けるかもしれないのに行くと言ってくれる。勝っても昇進する事は無いのに……。

「それなんだが多分誰も連れていけないと思う」
「ああ、なんだそりゃ。まさか、お前……」
「ああ、編成は帝国軍三長官が行う。俺には決定権は無いんだ、希望を言っても無駄だろうな」
「……」
爺さんが大きく息を吐いた。

「厳しいな、奴らよっぽどお前が嫌いらしい。或いはそれだけ危険だと認識したか。ミュッケンベルガー元帥だな、前回の戦いで懲りたらしいぜ」
「そうだな、俺もそう思う」
前回の戦いでミュッケンベルガーの顔を潰した。勝つため、生き残るためには已むを得なかった。しかしミュッケンベルガーにとってはショックだっただろう、これが俺を叩き潰す最後の機会と思っているに違いない。

「勝算は有るのか?」
「各個撃破、しかないだろうな。一個艦隊の兵力は俺の方が多いんだ」
「なるほどな、となると反乱軍が分散してくれるかどうか、そこが勝負の分かれ目か」
「ああ」
爺さんの言う通りだ。反乱軍が分散して俺を包囲しようとするなら俺にも勝ち目は有る。

「急げよ、ミューゼル。いやローエングラム伯か。前回の戦いじゃ第十、第十二が出てきた。かなりの損害は与えた筈だ。急げばあの二つは出て来ねえだろう。問題は第五艦隊だな、ビュコックか、野郎も兵卒上がりだ、気を付けろ、しぶてえぞ」
「そうだな」
反乱軍の精鋭部隊と言えば第五、第十、第十二艦隊だ。爺さんの言う通り、出兵を急げば二個艦隊は出て来ない可能性が高い。つまり反乱軍が分散してくれれば兵力差で撃破出来る可能性は高いという事だ。そこに活路が有るだろう。

「ボンクラ相手なら十分に勝ち目は有る。問題は味方だな」
「ああ、贅沢は言わない。特別出来る奴じゃなくても良いんだ。ごく普通なら……」
「お前、それは十分に贅沢だぞ」
爺さんがボソッと呟いた。そうだよな、連中がそんな奴を選ぶはずがない。溜息が出た……。



帝国暦 487年 1月 10日   オーディン  アロイス・リュッケルト



「行くか」
「ああ」
「気を付けろよ」
「分かっている」
フン、小僧、随分と気合が入っているじゃねえか。新無憂宮では落ち込んでいたが立ち直ったか。良い事だぜ、総司令官がしょぼくれてたら兵達が落ち込むからな。

宇宙港は見送りの人間で溢れている。しかし小僧の見送りは俺だけだった。ロイエンタールもミッターマイヤーも新たに与えられた艦隊の訓練に出ている。見送りよりもそっちを優先しろと小僧が言ったらしい。
「爺さん、思ったより悪い人選じゃなかった。何とかなりそうだ」
「そうか」

遠征軍の陣容はメルカッツ大将、シュターデン中将、エルラッハ少将、フォーゲル少将、ファーレンハイト少将。俺が知っているのはメルカッツとシュターデンだ。メルカッツはまともだがシュターデンは口だけの役立たずだ。こいつも苦労するぜ。

「キルヒアイス大佐」
「はい」
「伯爵閣下を頼むぜ、分かっているとは思うけどな、この閣下は敵が多すぎる」
「はい、分かっています」
キルヒアイスが穏やかな表情で答えた。大丈夫かな、まあ大丈夫だろう、こいつなら。

「ちょっと良いか?」
「ああ」
小僧に一歩近づいた。どうしても聞きてえ事がある。耳に顔を寄せた。
「おい、どこまで行くんだ? 帝国元帥で終わりか?」
小声で問い掛けると小僧がじっと俺を見た。

「この帝国の皇帝になる、そして宇宙を統一する」
同じように小声で答えてきた。なるほどな、道理で野心満々な眼をしている筈だ。覇気も有る。妙な小僧だと思っていたがそんな事を考えていたか。
「出来ないと思うか、爺さん」
「いや、お前さんなら出来るだろうよ」
小僧、いや未来の皇帝が笑みを浮かべた。

「爺さんを俺が元帥にしてやる」
「ほう、良いのか、そんな事をして」
「ああ、爺さんにはそれだけの力量があるからな」
「口が悪いぞ、俺は。お前を小僧と呼ぶかもしれねえ」
「その時は俺も糞じじいと呼ぶさ」
お互いじっと見詰め合った。小僧が笑った、俺も笑う。少しずつ、少しずつ笑い声が大きくなった。

「長生きはするもんだぜ、必ず勝てよ」
「ああ、勝つさ、俺達は必ず勝つ。そうだろう、キルヒアイス」
「はい、ラインハルト様」
俺はこいつのために死ぬ事になるかもしれねえ、それも悪くねえ、そう思った。度し難い馬鹿だな、俺は。女房、子供もいるのに。

「幸運を祈る、ローエングラム伯」
「感謝する、リュッケルト大将」
互いに礼を交わした。ローエングラム伯が身体を翻して歩き出す。奴は振り返らずに歩いていく。良いぜ、振り返るんじゃねえ、お前は前を歩くんだ。前だけを見て進んでいけ、それが皇帝だ……。また笑い声が出た、楽しくなるぜ。



 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧