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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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神意の祭典篇
  36.暁の帝国

 
前書き
錬金術師との戦いが終わった数日後──
いつものことだと日常を取り戻した彩斗たちだったが、雪菜の様子がおかしい
その真意は── 

 
 

萌葱(もえぎ)ー、彩音(いろね)零菜(れいな)知らねぇか?」

 黒髪の少年が企業の研究室のような部屋の扉を無造作に開け放つ。
 部屋の中には、金属製の魔具が無数に配置され、複雑な魔法陣が造り上げている。その魔具から伸びるケーブルは几帳面に束ねられて、小型のパソコンに接続されていた。

「入るときはノックぐらいしなさいよね」

 パソコンの前に座っている制服の上に白衣をまとった少女。端整な顔立ちに、華やかな髪型。普通に美人だが、口元の皮肉っぽい微笑のせいで、色気がない。

「はいはい。悪かった。で、知らねぇか?」

「彩音は見てないわね。零菜ならいまさっき飛んだところよ」

 華やかな髪型の女子高生は、パソコンを操作しながら片手間に答える。

「そうか──」

 黒髪の少年はなにかを思いついたように不適な笑みを浮かべる。
 うわぁー、萌葱と呼ばれた白衣の少女は、嫌な予感がするのだった。




 昼休み──
 緒河彩斗と暁古城は昼食用のパンを買うために、購買部へと向かっていた。途中、渡り廊下で隣にいた矢瀬基樹が不意に口を開いた。

「お、姫柊ちゃんだ」

 矢瀬の視線の先には、階段を下りてくる雪菜の姿があった。誰かを探しているのか周囲を見回しながら、彼女は一人で学食の方向へ向かっている。

「相変わらず綺麗な子だなー……一人だけ住んでる世界が違うっつうか。可愛いし細いし顔ちっちぇえし可愛いし。あとちょっと天然入ってるあたりがなんとも」

 その直後。雪菜はいきなりガラス製のドアにぶつかった。
 ごん、と鈍く痛々しい音が、聞こえてくる。

「いや、あれは天然入りすぎだろ……なにやってんだ、あいつは」

 呆れ顔で呟きながら、古城が雪菜のほうへと駆け寄った。それを見ながら彩斗はまた日常に戻ったんだなと感じるの。つい数日前には、錬金術師の事件で彩斗も古城も死にかけることになった。そのときにはいろいろな人に迷惑もかけることになった。
 だから、こんな光景がすごく心地よいのだ。

「はい、問題ありません……このドアって、まだ自動ドアじゃなかったんですね……」

 そう言って雪菜は、学生食堂の入り口ドアに恨みがましい視線を向けている。

「まあ、あんま金のない学校だしなあ……」

 のんびりと歩いてやっと合流した矢瀬が、古城の代わりに答える。
 雪菜はそんな矢瀬を見上げて驚愕する。

「もしかして矢瀬先輩ですか? え、嘘!?」

「なんだよ、今さら。そんな他人行儀な」

 矢瀬が苦笑した。

「だ、だって……痩せてますし。それに髪の毛もふさふさ……」

「は!? ちょっと待った。そういう俺の将来が不安になるような発言はやめてくれる!?」

 つんつんに逆立てた髪を押さえて、焦った口調で言い返す矢瀬。きにしてたのか、と古城が少し意外に思っている。彩斗は口元を押さえて必死に笑いをこらえる。
 そういえば、雪菜には未来を視ることができる“未来視”がある。将来が楽しみだと密かに思った彩斗だった。

「す、すみません。でも、髪の毛を染めたりするのは、少し控えたほうがいいかと……その、頭皮へのダメージが」

「た、たしかに絃神島は紫外線もきついしな」

 矢瀬が真顔で雪菜の忠告に考えこむ。
 しかし若干、ズレた会話に違和感を感じる。

「どうしたんだ、姫柊? さっきから変だぞ」

 古城が雪菜の額に手を当てた。
 雪菜はきょとんと見返して、少し面白そうに唇の端を上げる。

「え……と、先輩? わたしに触ってます?」

「ああ、悪い。気に障ったか?」

「いえ、全然。ただちょっと、聞いていた話と違うなって思って……わたしたち、普段からこんなふうに仲良くしてました?」

 興味深げに訊いてくる雪菜に、矢瀬が重々しくうなずいてみせた。

「そりゃあもう。いつもいつも人前でいちゃつきやがって古城死ね、ってみんな思ってるから」

「みんなっつーか、おまえの個人的な感想じゃねーかよ」

 古城が顔をしかめて言い返す。それから古城は、声を潜めつつ雪菜の耳元に唇を寄せた。
 なにやら会話をしているようだが、ここからでは聞きとれない。全部の会話を聞きたいところではあるが、矢瀬がいるので公には言えないのだろう。
 本当は、矢瀬は知ってるのにな。

「そろそろ、腹減ったから先に買いに行こうぜ、矢瀬」

 面倒くさげに頭を掻きながら学生食堂の扉に手をかけた。

「おい、ちょっと待てよ、彩斗」

「……彩斗? って彩斗君!?」

 雪菜の声に振り向くと彼女がこちらに飛びついてくる寸前だった。
 避けられるような距離でもない彩斗は、そのまま雪菜に押し倒されるような形になる。

「ひ、姫柊!?」

 柔らかな彼女の肌の感触が服越しに伝わってくる。
 するといつものように初めに頬が紅潮していき、そのまま赤みが顔全体をおおっていく。

「本当だったんですね。ちょっとしたことでも顔を赤くしちゃうっていうのは」

 悪戯をし終わった少女のように雪菜は、無邪気な笑みを浮かべながら彩斗の上から退く。
 その直後、冷ややかな声が聞こえてくる。少し舌足らずでありながら、奇妙な威厳とカリスマ性を感じさせる口調だ。

「──なにを騒いでいる。バカども。こんなところで発情されると、通行の邪魔だぞ?」

「発情してねーよ! 教師のくせになに言ってんだあんたは!?」

 古城が叫ぶ。その先にいたのは南宮那月だ。西洋人形を思わせる幼くも愛らしい容姿に、レースの豪華なドレス。自称二十六歳の彩斗たちの担任教師である。

「な、那月ちゃん……?」

 雪菜は目を丸くして、那月の頭頂部に手を置いた。そしてぐりぐりと那月の頭を撫でさする。

「ホントに那月ちゃんなんですね……まるで成長していない、かも……」

「ほう……ちょっと見ない間に、ずいぶん偉そうな口を叩くようになったな、転校生?」

 那月が握っていた扇子を振った。額の真ん中にヒットする。
 あうっ、と雪菜が大きく仰け反る。

「貴様……この感触は……」

 額を押さえてうめく雪菜を睨みつけ、那月は、おもむろに彼女の胸へと手を伸ばす。

「ちょ、駄目です! やめてください……!」

 那月に思いっきり胸を揉みしだかれた雪菜が、身をよじりながら悲鳴を上げた。

「な、那月ちゃん……公衆の面前で流石にそれは……!」

 担任教師の暴虐を見かねて、古城が無理やり彼女たちを引き離した。
 那月は、ちっ、と舌打ちして古城を見る。雪菜は両腕で胸元を庇いながら、ホッと息をついた。
 そのとき、彩斗はわずかな違和感を思い出した。
 先ほど飛びつかれたときにもわずかに感じていた違和感。雪菜の胸のサイズが大きくなっている気がする。彼女の胸はあそこまでがっつり揉めるほど大きいものではなかった気がする。
 古城にでも揉まれたのか、と適当に解釈してからようやく彩斗は立ち上がった。

「あ、雪菜ちゃん! ずっと学食で待ってたのに、こないだから心配したよー。あれ、古城君と彩斗君? 矢瀬っちも久しぶりー!」

 不意に近くで騒々しい声がした。
 それは中等部の制服を着た少女。ショートカット風に無理やりまとめた長い髪が、動きに合わせて揺れている。

「凪沙?」

 慌ただしく駆け寄ってくる古城の妹に、彼は小さく溜息をつく。

「え? 凪沙おばさん!? 若……っ!」

「お、おば……!?」

 出会い頭の雪菜のひと言に、凪沙がショックを受けたように立ち止まった。

「ひ、ひどいよ、雪菜ちゃん……たしかに凪沙はよく喋りすぎて田舎のおばちゃんみたいってたまに言われるたりするけど……!」

「あ! ち、違うの、おばさん、今のは……そういう意味ではなくて……」

「ほらまたおばさんって言った!」

 雪菜のおばさんと呼ばれたショックで凪沙が落ちこむ。

「うう……浅葱ちゃんどうしよう……!」

 動揺で足元をふらつかせた凪沙が、隣にいた友人にすがりつく。
 弱った猫のように甘えてくる凪沙を、よしよしと抱き留めたのは、高等部の制服を着た女子生徒だった。校則ギリギリまで飾り立てた制服に、華やかな髪型。そんな彼女の姿に気づいて、雪菜が驚愕の声を出す。

「え!? 浅葱ちゃん……って、博士(ドク)!?」

「はい?」

 雪菜にまじまじと凝視されて、浅葱は不思議そうに小さく首を傾げた。
 謎の寄行を繰り返す雪菜に彩斗と古城は混乱する。さすがに今日の雪菜は様子がおかしすぎる。しかしその原因がわからない。

「本当に博士(ドク)なんですね……今とは全然、イメージが違うけど」

「ひ、姫柊さん? どうしたの……って、ちょっと古城、彩斗、あんたたちなんとかしなさいよ!?」

 雪菜の態度に怯えたようにじりじりと後ずさりながら、浅葱が古城に助けを求める。
 そう言われてもな、と古城が途方に暮れる。
 今は普段の雪菜とはかけ離れている。まるで別人のようだ。
 その直後、彩斗たちの背後から少し息がきれたような声が聞こえてくる。

「ゴメンね、笹崎先生を探してきたら遅くなっちゃた。て、なにかあったの?」

 わずかに額に汗をにじませている獅子王機関の“剣帝”の少女だ。
 彩斗と同い年でありながらも一つか二つくらい幼く見えるてしまう童顔のクラスメイトの逢崎友妃だ。

「あ、ああ。逢崎か……いや……姫柊の様子が……」

 雪菜を指差しながら彩斗は微妙な表情を浮かべる。ここまでの彼女の言動を事細かく話していたら日が暮れそうなくらいだ。
 するとまたしても雪菜がおかしな言動に出る。

「え!? 逢崎……って、友妃ちゃん!?」

「……友妃ちゃん?」

 やはり普段の雪菜とは明らかに違う。普段の彼女なら友妃のことは、友妃さん、と呼ぶはずだ。親しい中にも礼儀ありというのか、高神の杜にいる頃から知り合いでありながら歳上の人には、さんを付けるという礼儀正しい彼女らしい。
 だが、今の彼女からはそれが感じられない。

「あ、すみません……友妃さん」

「いや、ボクの呼び方はなんでもいいんだけど……」

 友妃もこの時点で違和感を感じ出しているようだ。

「どうしたんですか、彩斗さん?」

 学生食堂のほうから柔らかな声がし、彩斗は振り返る。
 声の主は中等部の制服の下にハイネックを着ている少女だ。碧い瞳に綺麗な銀色の髪。日本人離れした容姿の中等部の聖女と呼ばれている──叶瀬夏音だ。

「あ、ああ……夏音か……」

 説明しようかしまいか彩斗が脳内奮闘している中、雪菜が先に動いたのだ。

夏音(カノ)ちゃん!? やっぱこの頃から綺麗だったんだ!」

 雪菜が夏音を至近距離でいろいろな角度から見ている。それに彼女がかなり戸惑っている。
 その雪菜が、古城のほうへと勢いよく振り返った。彼女は興奮気味の表情で古城に詰め寄って、早口でまくし立てる。

「ど、どうしましょう、先輩。博士(ドク)夏音(カノ)ちゃんもすごく可愛いです……! 美人だし若いしスタイルもよくていい匂いがして美人だし……うっ!?」

 言い終える前に雪菜はうつむいて、突然激しく咳きこんだ。

「お、おい? どうした!?」

 古城は、ふらつく雪菜を慌てて支えた。浅葱たちは息を呑んでそれを見守っている。
 雪菜はそのまま弱々しく肩を震わせている。

「すみません。思わず興奮してしまって……」

 苦しげな声でそう言い残して、雪菜が校舎裏へと走り出す。ひどく慌てているような態度だ。

「あ、待て! 姫柊……!」

 古城は慌てて彼女のあとを追いかけた。
 昼休みの渡り廊下に、呆然と立ち尽くす彩斗たちだけが取り残される。

「ゆ……雪菜ちゃん?」

 呆気にとられたように呟いたのは凪沙だった。同じく凪沙も放心したように首を振る。

「なんだったの、今の?」

「さあな……」

 わけがわからん、というふうに大袈裟に肩をすくめる矢瀬。

「雪菜ちゃん?」

 夏音も心配そうに去って行った雪菜を見つめる。

「ねえ、あれって雪菜だったの?」

「いや……」

 彩斗は小さく呟いた。
 先ほどの雪菜が咳きこんでいたときに彩斗はわずかに見えたのだ。掌に鮮血が広がっていた。さらに彼女の瞳はわずかに真紅に染まっていた。
 それは吸血鬼の瞳に酷似していた。
 そのときだった。強い魔力を肌が感じとった。

「───ッ!」

 それは体育館の方角からだ。

「どうしたの、彩斗君?」

 どうやら友妃はなにも感じていないようだ。獅子王機関の“剣帝”が感じないということは気のせいと考えることが妥当なのだろう。しかしこの魔力は感覚に動かずにはいられない。
 なぜなら、その魔力が自分自身の魔力のように感じられたからだ。




 気づいたときには体育館へと走り出していた。
 友妃たちが困惑していたがそれも気にせずに彩斗は先ほどの魔力の正体を調べずにはいられない。しかしもうその魔力は感じられず、先ほどまで確実にそこにあった魔力の残滓を感覚だけを頼りに探る。
 体育館の前の着いてすぐ視界に映った光景に目を疑った。
 体育館のすぐ手前で倒れている男子生徒。衣服は下着のみしかまとっておらずそれは恐喝されて身ぐるみを剥がされたというようにも見えた。

「おい、大丈夫か!?」

 慌てて彩斗が男子生徒に駆け寄る。呼吸を確認するがどうやら気絶しているだけのようだ。そのことに胸を撫で下ろす。
 男子生徒の身体には目立った外傷は見当たらない。どうやら一撃で急所をつかれて気絶したようだ。
 周囲を見渡すが犯人らしき存在は見当たらない。そもそも彩斗とその男子生徒以外の気配は感じられない。
 その瞬間だった。背後から強烈な魔力を感じた。振り返るとそこには先ほどまでいなかったはずの人影が現れる。その人影は右腕を振り上げている。吸血鬼の本能が瞬時にその人影を敵だと判断し、唇を噛み切って自らの血を飲み込む。それを引き金に吸血鬼の筋力が解放され、気絶している男子生徒を抱きかかえて拳を回避する。

「紅蓮──っ!」

 叫びとともに強烈な魔力の塊が大気へと放出されて震わす。
 それは呪力をまとった一撃。直撃していればひとたまりもなかったであろう。
 男子生徒を校舎の端に寝かせ彩斗は先ほどの人影の方角を睨む。そして目を疑った。

「お、おまえは……!?」

 その容姿は緒河彩斗と瓜二つの顔立ちをしていた。違う点といえばわずかに彩斗よりもおっとりした目元で無気力さが増しているとも言えるし、女っぽくなったとも言える。黒い髪にわずかに色素の薄い髪が混ざっている。

「やっぱりすげぇな……あの攻撃を交わしたうえにその人まで助けるなんて」

 彩斗に瓜二つの少年は不敵な笑みを浮かべる。
 この少年の目的がなんなのかはわからないが確実に彩斗と戦おうとしている。それも目的があるわけではなくヴァトラーのように戦闘を愉しもうしている。
 そんな思考を巡らせてる刹那。少年が彩斗の目の前まで詰め寄ってくる。足へと魔力を纏わせて瞬時に移動したようだ。とっさの判断で回避できないと悟った彩斗は右拳に魔力を纏わせて少年の拳を迎撃する。

走火(はしりび)──っ!」

「───ッ!」

 二つの強烈な魔力の塊が激突し合う。魔力の波動が大気を震わし、体育館の窓ガラスを音をたてながら砕け散っていく。
 “神意の暁(オリスブラッド)”の魔力を纏った拳と互角の魔力を発することができるこの少年は何者なのだろう。

「おまえは……何者だ?」

「俺か? 俺はただの通行人だけど」

 偽彩斗は皮肉をこめたよう不敵な笑みを浮かべる。
 これも彩斗の口癖だ。いつも自分が言っていることだから気付かなかったが、これを言われるとかなり反応に困ることを身を持って知った。

「通行人が襲ってくるとは物騒な世の中になったものだな」

 彩斗と偽彩斗が睨み合う。沈黙が広がる。次にどちらかが動けばまた学校へと被害を及ぼすことになる。偽彩斗のあれほどの速さの攻撃を避けながら戦うのも至難の技だ。
 だが、この戦いを少し楽しいと思っている彩斗がいたことに自分でも少し驚いた。
 そしてその沈黙を破ったのは、少女の声だった。

「──彩斗君!」

 銀色に輝く刀を持った少女が彩斗の頭上から舞い降りた。

「あ、逢崎!」

「こんなところで戦うなんてなに考えてるの彩斗君!」

 銀色の刀を偽彩斗のほうから彩斗へと向ける。

「い、いや……その刀はマジでやばいから!?」

 両手を上げて降参するような姿勢になる。“夢幻龍”の刃だけは洒落にならない。その威力を何度もみているぶん向けられただけで背筋が嫌な汗が流れてくる。

「で、そっちの彩斗君の偽物はなんなの?」

 再び、銀の刃を偽彩斗へと向ける。
 すると彼も両手を上にあげて降参したように慌て出す。

「げっ!? む、“夢幻龍”!? それはさすがにまずいって、友妃!」

 するとその言葉に友妃の顔が真っ赤に染まる。
 そして彼女は地を蹴り上げ、偽彩斗の静止にも耳を貸さずに、攻撃を仕掛ける。
 大気を引き裂いて銀色の刃が、黄金の翼膜を展開する。それは“夢幻龍”の魔力を無力化するときに展開される翼だ。とっさのことで偽彩斗は反応が遅れる。
 銀色の刀が一閃し、彼の皮膚をわずかに切り裂く。
 異変が起こったのは、その直後だった。
 偽彩斗の少年の全身が青白い火花に包まれて、その姿がゆらりと霞む。
 それは友妃の“夢幻龍”が魔力を無力化し、偽彩斗の魔術を打ち消したのだ。
 彼の姿が、急激に現実感を失って消えていく。
 そして眩い稲妻の輝きだけを残して、偽彩斗が消滅する。
 彩斗と友妃は、呆然とその光景を見つめるだけだった。
 なぜ彼が彩斗の姿に似ていたのか、もはや確かめる術はない。




 青白い閃光に包まれて、少年は先ほどまでいた研究室へと帰還した。

「──萌葱、俺の服どこ置いた?」

「そこに置いたあるでしょ。さっさと着替えちゃいなさいよ。あんたの裸なんてみたくないからね」

 パソコンに向かってまだ作業をしている制服の上に白衣を着た女子高生。

「うるせぇ!」

 偽彩斗となっていた少年は、先ほどまで着ていた服に着替え終えて、めんどくさそうに頭を掻いた。

「あれ、神斗(かみと)君も二十年前に行ってたの?」

 神斗は聞こえてきた少女の声がしたほうへと振り返るとそこには最近リニューアルされた彩海学園中等部の制服を着ている少女がいた。

「ああ、結構楽しかったぞ。零菜はどんな感じだったんだ?」

「うん、楽しかったよ。わたしと同い年だったころのママもわかったし、それに死ぬ前の、元気だったころのパパにも会って話も出来たしね」

 遠くを見るような表情で呟いて、零菜は寂しげに微笑んだ。
 萌葱が一瞬、息を詰まらせたように黙り込む。神斗はいつものことだと大きなあくびをする。

「いやいやいやいや、死んでないから。あんたは今朝も古城君と会って普通に話してたでしょ。ていうか、あの吸血鬼(ヒト)は殺しても死なないでしょうが」

 冗談です、と言いたげに零菜が悪戯っぽく下を出す。

「あの時代の古城か……戦ってみたかったなー」

 すると零菜と萌葱は、呆れたように溜息を吐いた。すると研究室の扉が開け放たれる。

「あっ!? やっと見つけました」

「げっ!? 彩音!」

 銀色の髪を揺らしながら、彩音と呼ばれた少女が神斗へと詰め寄ってくる。

「どこに行ってたんですか? ママが心配してました」

「い、いや……そ、その……」

 さすがに二十年前の世界に行っていたなど口が裂けても言えない。答えが出せないまま困惑する神斗。
 すると零菜が窓辺へと近づいて、研究室を覆っていたブラインドを勢いよく上げた。
 南国の早朝の眩い陽射しが、薄暗い研究室の中を照らし出す。
 窓の外に広がっていたのは一面の朝焼けと、視界を埋め尽くす広大な街並みだった。
 そこはかつて絃神島と呼ばれていた土地。四基の超大型浮体式構造物(ギガフロート)によって構成された人工の島。金属と樹脂と魔術によって造られた“魔族特区”。しかし今やこの街を、絃神島の名前で呼ぶ者はいない。
 かつて小さな人工島は二百倍近くまで拡張され、四国に匹敵する面積を手に入れている。五十六万足らずだった人口は、すでに四百万人を超えていた。
 そしてなによりも、この土地はすでに日本の領土ではなく、独立地区を与えられているのだ。世界で四番目である夜の帝国(ドミニオン)の地位を。
 朝陽が長い影を落とす巨大な帝都を見下ろし、零菜は懐かしそうに呟いた。

「ただいま、”暁の帝国(ライヒ・デア・モルゲンロート)”──」




 偽彩斗が消え去った場所には、男子生徒から奪い取った制服が落ちていた。
 撒き散らされた魔力の余韻はすでに消えている。残っているものといえば、先ほどの衝撃波で地面に撒き散らされた体育館の窓ガラスのみだ。

「なんだったんだ、あいつは──」

 途方に暮れたような表情で彩斗が空を見上げた。

「わかんない。でも、彩斗君にすごく似てたよね?」

 ああ、と彩斗は力なくうなずく。
 彼の正体をもう知ることはできないだろう。しかし、またどこかで会えるような気がしていた。それは何年後、何十年後になるかはわからない。

「ていうか、なんでさっき急に飛び出したんだ?」

 彩斗は先ほどの友妃がなぜ飛び出したのか疑問だったのだ。彩斗は偽彩斗と拳を交えたが友妃があそこまでムキになることではなかったはずだ。初めて会った相手に“夢幻龍”の刃を向けるなどいつもの彼女ならありえない。
 一瞬、この友妃も偽物なのかと思ってしまう。

「だ、だって……」

 友妃は恥ずかしがるよう下をうつむいている。その頬はわずかに紅潮している。そして小さな声で呟いた。

「…………友妃って呼ばれた」

「はぁ? なんて言った?」

 彩斗が友妃に訊き返す。すると彼女が銀色の刀を再び、こちらへと向けてくる。

「だから、その刀は洒落にならないんだって!?」

「さ、彩斗君の馬鹿──っ!」

 友妃の叫びとともに、伝説の吸血鬼の悲鳴が響き渡った。




 かつて絃神島と呼ばれた“暁の帝国(ライヒ・デア・モルゲンロート)”の中央にそびえ立つ逆ピラミッド型の建物の屋上。その上で朝陽を受けながら気怠そうに頭を掻いている青年がいた。

「はぁー、暑ぃな」

 朝陽のせいでいつも以上に目が細くなってしまう。

「もうあれから二十年近く経つのか……」

 少し懐かしむように青年は朝陽に照らされ輝く街を見下ろし、不器用な笑みを浮かべる。わずかに唇の隙間から白い牙がのぞいていた。
 そしてその街に起きたいろいろな事件のことを思い出すのだった。。殲教師、黒死皇派、模造天使(エンジェル・フォウ)、監獄結界。
 それでもいまこの街は平和なのだ。
 それは、この夜の帝国(ドミニオン)の真祖がしっかりしているのではなく帝国最高技術顧問のおかげだ。

「まぁ、それはそれであいつらしいか……」

 誰に言うでもなく青年はつぶやきながら立ち上がり、大きく背伸びをする。
 さて!、と気合を入れ直すように大きな声をあげて朝陽に一度睨みつける。

「今日も一日いきますか!」

 
 

 
後書き
神意の祭典篇、本格始動──!!

次回、十一月半ば──波朧院フェスタの余韻も冷めあらぬ中、開かれる彩昂祭の準備に緒河彩斗と暁古城は追われていた。そんな彩斗の前に現れたのは、唯と同じ武術を操る少女だった。さらに古城の前に現れた吸血鬼立上遥斗によって深傷を負うことになる。
そして動き出す立上の計画──
“神々の祭典”とはなんなのか? ついに明かされる彩斗の過去と、“神意の暁”の秘密。

とりあえず暁の帝国は、電撃文庫の海賊本にあったストーリーのままいかせてもらいました。
どうしてもアニメのようにしたときに彩斗の敵が思いつきませんでした。

あと、来週に就職試験があるので誠に勝手ながら少し更新を遅らせていただきます。
また、文章に誤字脱字やおかしな点がありましたら感想で教えてください。
他にも気になることがありましたら、気軽に感想ください。
 
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