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今宵、星を掴む

作者:リットリオ


□はじまりの地 2010年4月~1942年10月

 沖ノ鳥島海洋都市(Okinotori Island Ocean City:OIOC)~ベーネミュンデ
 
 東京湾内に浮体構造で建造された第2羽田空港から旅客機にのって2時間ほどの飛行でその場所についた。その場所は、人工物にしか現れない直線で構成された機能美に基づいて建設された現代のバビロンだった。
 上空からはもっとも巨大な1辺10キロの正方形をした構造物と、その周囲に配置された一回り小さい5キロ四方の構造物が見えた。
 着陸のために高度が下がっていくと、目立つ2つの構造物の周りにさらに小さな正方形の構造物があることが分かる。高度100キロの視座を持ちうる人間がいたら、半径50キロの海上に配置された防波堤を兼ねた3重の環状配置構造物も見ることができただろう。

 「そろそろ着陸の時間よ」

 海上に浮かぶ人類史上最大の構造物に目を奪われていた私は、隣に座る妻の存在を忘れていた。声をかけられてはっと現実にもどった私の顔を見た妻は、苦笑いを浮かべてシートベルト着用の指示を伝える電光表示を指さした。

 「ほんとに、あなたときたら、宇宙と海軍のことしか頭に入ってないのね」

 「仕方ないさ、母さん。考えようによっては、この宇宙港は父さんとお祖父さんがいなかったら作られなかったかもしれないんだから」

 孫をあやしながら息子が海軍軍人らしいウィットに利いた調子で言葉を繋いだ。
 私は笑ってごまかした。ただ、その言葉が私の思いを図らずも正確に言い表していたことは、心に留めた。
 機首をめぐらせて緩やかに高度を落としていく飛行機とは逆に、私の心は時の流れを遡る。それは私の父親、扶桑重工先代会長から聞いた話だ。



 1943年の10月なかば、少し肌寒い風が秋の到来をこの肌に知らせた。
 私がここに来ることができたのは、偶然と必然によるものだったが、友人たるウェルナー・フォン・ブラウンに感謝するとだけ書いておく。
 彼は今、その手で作り出した最高傑作の確認に余念がなく、直接感謝を伝えることは出来そうもない。それも仕方がないかと、私はあきらめた。
 同盟国の駐在武官とはいえ、それはドイツ第3帝国の最高機密に属するものなのだ。実験に立ち会えるよう取り計らってくれた友人のことを思えば、少々、距離の離れたこの臨時展望台に不満など考えられるわけがない。
 時計を見た。そろそろ実験開始の時刻だ。

 「5――4――3――2――1」

 最初に見えたのは、先細りした砲弾に翼を付けたような物体が、天に向けてその切っ先を立てて昇っていく姿だった。そして、ほんのわずかに遅れて断続的な爆発音が聞こえてきた。
 その物体は下部から炎を噴きながら空へと昇ってゆき、やがて見えなくなってしまった。
 私が理解出来たのは、友人が夢への第1歩を実現したこと。そして、それがこれからの戦争を大きく変えることになるだろう兵器になることだった。
 それ以上に天へと昇り、星の世界に届いたその飛翔物体は、私の感情を迸らせた。世界を覆う戦争の影も、祖国の窮状も、その時の私の心からは消えてなくなっていた。
 それが私の人生を決めることとなる、最初の出来事だった。

*「小説家になろう」にて投稿



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タイトル更新日時
第1部 戦後の混乱と沢城重工 2014年 09月 16日 23時 08分 
 2 2014年 09月 16日 23時 11分 
 3 2014年 10月 01日 00時 25分 

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