つぶやき

海戦型
 
唯一つだけ、磨いた業がある
 
「――お前がこの周辺で最強と謳われる剣士か?」

 その男は、世捨て人のように山奥に暮らしていた。声をかけられた男が振り返る。
 男はどうやら薪割りをしていたらしい。男の足元には割れた木材が転がっていた。
 精悍な顔立ちだ。体も一目見れば分かるほどに無駄なく鍛えられている。そしてその腰には、北の民族特有の装飾が施された剣が下げられていた。

「……違う。俺は剣士ではない」
「見え透いた嘘を言うな。剣士以外の誰が帯刀したままうろついている。……聞いたぞ、この周辺ではお前を倒せる相手がいなくなったから、剣の道に飽いて山籠もりをしていると」
「それも違う。俺は元々この山の集落の出身だ。一時期は私用で村を離れはしたが、今は腰を落ち着かせている。ここが俺の戻るべき鞘というだけだ」

 確かに男の言うとおり、この周辺には集落がある。男がそこの出身でいるという話も出鱈目と言う訳ではないだろう。しかし、そんな些細なことは俺にとってはどうでもいい。

「俺は南の地で100人の剣士を果し合いで打ち倒した。南で俺に敵う剣の腕を持っている人間はいないだろう。道場を開いて剣術の弟子も多く輩出した。しかし……俺の飢えはまるで癒えない。俺の腕が、剣が、もっと剛の剣士と戦えと囁くんだ」

 この身体は四十を過ぎた。現役の剣士としてはそろそろ引退を考えてもいい頃合いだ。しかし、鍛えれば鍛える程に体は衰えを知らずに洗練され、老いるどころか剣技は更に鋭さを増す。若かりし日に燃えた求道者としての自分が、まだだまだだと心の内で猛り狂うのだ。

「そんな折、北に最強の剣士がいると聞いた。話ではその男は妖魔を斬り、罪人を斬り、挙句は神さえその剣で断ち切ったというではないか。なぁ――『北の英雄』ラメトクよ」

 俺は、剣を抜いてその男――ラメトクに突き付けた。

「俺と死合え。全身全霊を込めて打倒するから、全身全霊を込めて俺を打倒しに来い。或いは南の英雄と謳われた俺の渇きを、お前ならば癒せるかもしれぬ」
「………勝手な男だ。俺はまだ名乗ってもいないし、戦うなどとは一言も言っていないというのに」
「今、こうして剣を突きつけても貴様の気配には微塵も揺らぎがない。それが貴様がただならぬ剣士である事の証左に他ならん」

 並の人間なら腰を抜かして小便を漏らしてもおかしくはない気迫を放つ。動物はその濃密な危険の香りから逃れるために一目散に逃げ出し、鳥や虫も一斉にその場を退く。草木さえも俺の気迫にはざわめいた。
 その前で唯一人――ありったけの気迫をぶつけているのに、この男の周囲はまるで凪のように穏やかな空気が流れている。絶対者のそれだ。極めた人間が持つ特有の『世界』の元で、この男は生きている。

 嬉しくなる。これだけの殺気をぶつけて尚微塵も揺らがなかった剣士など、この男が初めてかもしれない。この男は間違いなく、俺を満足させるだけの鍛錬と才覚、そして経験を積んでいる筈だ。

「我が名は『南の英雄』ドウセツ!!貴様が剣を抜かぬならば、俺が無理にでも抜かせてやる!!さあ、死合いだッ!!」

 全身の血液が沸騰し、頭が全て戦いのみに塗り替わっていく。
 この血沸き肉躍る瞬間こそ、俺が求めてやまない最高の瞬間。
 命を賭けた真剣勝負の先にこそ、最強への道がある。


「――やめておけばいいものを」


 気が付いたその時には、俺の腹は深く切り裂かれていた。

「な………」

 噴き出す血液。遠のく意識。俺が最後にその目に見たのは――ラメトクの手に握られた血濡れの剣だった。

 いつ、どうやって抜いて、どう斬ったのか。

 全く、見えなかった。



 = =



 俺はラメトク。北のド田舎に住む男だ。

 世間は俺のことを最強の剣士とか英雄とか言っているが、正直勘弁してほしい。
 俺は確かに一つだけ、人には絶対に負けない業を持っている。しかしそれは日常生活では役に立たないし、戦いでも必ず役に立つわけじゃないし、そもそもこれを身に付けないと自分が死ぬから嫌々ながら覚えた業なのだ。

 今日も勘違いして俺の元にやってきた頭が可哀想なおっさんが一人。

 おっさんの名前はドウセツというらしい。自称南の英雄らしい。土地が遠すぎて北にはそんな話が伝わってこないから知らんわと思うのだが、あっちは何故かこっちの事を知っているのだから迷惑なこと極まりない。
 前にも西の英雄が俺の所に喧嘩しにやってきた。が、俺に会う前に山で遭難したので仕方なしに助けてやったら回復と同時に斬りかかってきた。野党か暗殺者にしか見えない。なんで古今東西の英雄と呼ばれる人間は人の話を聞かないのだろうか。腹が立ったので山での追いかけっこに持ち込んでもう一度遭難させてやった。……見捨てるのもかわいそうだったから後で助けて西にお返ししたけど。

「さあ、死合いだッ!!」

 おっさんから放たれる圧が凄い。具体的に言うと大分距離はあるはずなのに至近距離に顔面があるような圧だ。むさい。むさすぎて辛い。おうちかえりたい。

 しかしね、おっさんよ。アンタそれはかなりマズイぞ。最悪死ぬ。マヂで。
 だってほら、俺の腰で大人しくしていた「あいつ」が、戦いの気に中てられて目を覚ましてしまった。



『ラメトクを襲う?ラメトクと死合う?ラメトク……ラメトクの血肉や命はぁ、私のモノだぁ……渡さない許さない殺してやる!生まれてきたことを後悔しろ!ラメトクと私の超克的な絆に指一本でも触れる存在は臓物と脳梁をぶちまけて死ねッ!死ねぇぇぇーーーーッ!!』



 瞬間、人間の反応速度を遙かに超えた速度で俺の腰から『剣』が飛び出した。

 おそらくドウセツさんには全く見えなかったろう。その剣は「勝手に空を飛び」、雷のような速度でジグザグに飛行しながら彼の腹に深々と突き刺さっていたのだ。まさに人間の所業を越えた、神がかった速度だった。
 ……本当に、この剣は。俺の意志を完全に無視しておっさんを殺しにかかっているが、運のいいことに鎖帷子を仕込んでいたおっさんは致命傷を免れている。俺は全力で手を伸ばし、勝手におっさんの臓物を抉ろうとする剣を抜き取った。

 おっさんが意識を失ってドサリと倒れる。出血がひどいが、秘伝の薬で傷は何とかなるだろう。ギリギリ助かりそうでほっと胸をなでおろす。俺はすぐさま剣を強引に鞘にねじ込み、おっさんを集落へ運んだ。

 おっさんの手当てが終わった頃、鞘からものすごく不満そうな声が漏れた。

『何で邪魔したのラメトク?あの愚物はラメトクと私の愛しく美しい絆に触れようとしたのよ?許されざる愚行よ?死刑決定よ?ねぇどうして私のこと邪魔したの?私のコト嫌いになったの?でも大丈夫。私はいつもラメトクのこと愛してるよ?だからラメトク、私をラメトクのお腹に突き刺して?』
「お前と言う奴は………ああもう、お前の話を聞いていると頭が痛くなるよ」
『頭いたいの?大変!病気じゃないよね!?私、剣だから出来ることって全然なくて……ええっと、痛いの痛いのトンデケー!!』
(なんでそういう気遣いが出来るのに俺の腹に突き刺さろうとしたんだコイツは……)

 俺が持っているこの剣、実は大昔に作られた呪いの剣「エペタム」と言う。
 伝承ではこれの使い手は最強の戦士になれるという話なのだが、この剣を使いこなすのは不可能である。理由は簡単、剣が自立した意識を持って動き回るからコントロール不能なのだ。

 しかもご覧のとおり性格がヤバい。本人曰く、「斬る」のは本能で、「刺さる」のは愛情表現らしい。なにそれこわい。怖すぎて先人も封印していたらしい。それをアレこうしてほんにゃんかんにゃんぷっぺらぺーした結果、いつの間にか封印が解かれて暴れるエペタムを俺が止めるという話になっていた。どういうことなの。嘘だと言ってよ長老。

『ラメトク?ラメトク……ぐすん、ラメトク、私の事無視するの?でもラメトクは優しいから理由があるんだよね、私知ってるよ?あ、分かったー!照れてるんだ!照れ屋さんだなぁラメトク!じゃあ私の方からラメトクに迫っちゃうもんね!受け止めて私の愛っ!』

 瞬間、鞘に納めていたエペタムが凄まじい速度で引き抜かれて俺の脳天に迫った。
 俺は溜息を吐きながら――唯一世界の誰のも負けない「真剣白刃取り」でそれを受け止めた。

『あぁん、イケズぅ……でもラメトクの手のひら、あったかい……ラメトクに包まれて幸せ!刺さったらもっと幸せ!刺させて!』
「ダメです死んでしまいます」
『死んでも愛してる!!死体を微塵に切り刻んでラメトクの血を全身に浴びたらもう私死んでもいい!!』
「愛がヘヴィーすぎやしませんかねぇ!?」

 これだこのダイナミックすぎる行動が問題なんだ。封印の鞘を使って死に物狂いで抑え込んで以来、このエペタムは滅茶苦茶俺に迫ってくる。元々刺さるの大好き多感な御仁だったようだが、俺のことが気に入りすぎて最近はずっと俺から離れない。
 そう、腰に差してるんじゃなくてエペタムが封印の鞘ごと強引に浮かび上がって俺にひっついているのである。鞘なかったら俺串刺しだよ。おかげで寝てるときは鞘からエペタムが飛び出さないように抱きしめて寝ないといけない。幸い俺に抱かれるのが嫌じゃないらしいエペタムは抱きしめると大人しくなるのだが、毎晩毎晩が綱渡りだ。

 要するに、だ。俺が英雄として称えられる理由になったほとんどの物事が、実はこのヤンデレソードが愛の力でやったことなのだ。俺はその愛が暴走しないように必死で真剣白刃取りしまくっていたセーフティーなのだ。

『いつも私を抱きしめて、正面から受け止めてくれるラメトクが……大好きっ!!』
「俺が受けとめないと俺の周囲が血の海なんだよねー!!ああもうチクショー封印の鞘以上の封印の力を探して旅に出たい!!」
『旅先でも私を抱いてくれる?抱いてくれるよね!浮気は許さないんだからね?もし半径1メートル以内に私以外のニンゲンを入れたら全部輪切りにして汚い地面にぶちまけちゃうんだからっ♪』
「世の為人のために絶対させねぇよッ!今回は不覚を取ったが次は射出先で白刃取りしてやる!」
 
 俺には唯一つだけ、磨いた業がある。
 対エペタム究極奥義にして数多の命を救う奇跡の業――真剣白刃取りが!!


 = =

 ヤンデレってどうしてもうまく書けない。
  
海戦型
 
ありがとうございます
エペタムの出てくる話を書きたくてしょうがなかったので書きました。
以下、たぶん必要のないキャラ紹介。

ラメトク……アイヌ語で勇者の意。基本いつも長老の命令で厄介事ばかり押し付けられている。
      エペタムに殺されないために死に物狂いで習得した白刃取りだけが取り柄。
エペタム……アイヌ伝承に登場するチート刀。刃の振動音で敵を混乱状態にする力もあるとか。
      きっと常人には理解できない異常な恋愛観を持っていると思う。
  長老……名前はモユク。ユモクとはアイヌ語でタヌキのこと。他人を利用するのが上手。
      ラメトク曰く、エペタムの封印を解いて全責任を押し付けてきたくそじじい。
ドウセツ……南の英雄(笑)。名前の元ネタは立花道雪で、伝説の刀「雷切」を持っていた。
      強いんだけど、エペタムに雷は効きません。無念。
西の英雄……ラメトク曰く「女だとは思わなかった」、らしい。方向音痴なのは確定的に明らか。

ちなみに彼らはフリー素材です。……時にAskaさん、もしや「ゆりの葉の剣」って知ってます? 
八代明日華/Aska
 
最高です
最 高 で す (大切なことなので二回言いました)