つぶやき

海戦型
 
妄想物語17
 
 呪獣に恐怖という感情――いや、感覚はあるのだろうか。

 呪獣は自然の摂理から外れた存在だ。
 連中は食事として食らうことはしないが、獲物の殺害手段として人間を喰らうことはある。もしもその特性が無ければ、今頃この大陸の牛や馬などの家畜から野生生物まで、動物は当の昔に絶滅しているだろう。連中は何故か、人間だけを積極的に狙い、殺しに来る。
 それは、まるでこの大陸を支配するかのように自然の一部を支配していた我々に真の支配者を思い知らせるかのようでもあり、そして目障りな羽虫を無機質に潰すようでもある。高い知能も言語も持たない呪獣にその真意を問ても、答えは唸り声か咆哮が関の山だろう。

 そもそも、あれは本当に生物なのか。殺しても死なず、呪法で止めを刺せば全身が闇に融けて肉片の一つも残さない。寿命はあるのか、生殖行動を行って増えているのか、どうして生物には必要なはずの光を浴びると衰弱するのか。文明を発展させてきた大陸の民の学者でさえ、その問いに明確に回答できる人間はいない。大陸の民が呪われてから2000年、呪法教会が呪獣を撃滅する術を得てから1000年、これほどの時が流れたにもかかわらず、答えは一向に闇の中に沈んで見えてこない。

 いや、あるいは答えなど無いのかもしれない。
 闇から出でて闇に消える奴等は、夜というどこか我々にとって遠く曖昧な世界にいる存在の影でしかなく、大陸の民はそんな幻影と踊り続けているのかもしれない。実体がなければ真実もなく、ただ光と相容れないという事実だけで構成された『敵』。

 しかし、もしも呪獣に恐怖という感覚があるのだとすれば、それは大陸の民にとってもまた恐ろしいことではなかろうか。

 恐怖とは耐えがたいものだ。人にとって夜の闇がそうであるように、呪獣にとっても光が恐ろしく耐えがたいものであるなら――連中は、人類と同じようにその恐怖を克服するための行動を模索し始めるかもしれない。
 嘗て僅かな光にも怯えて身を引いた呪獣たちも、今では短期間ながら光の中に侵入して攻撃を加えるのが当たり前になりつつある。もしそれが、呪獣が数百年の間にそのように恐怖を克服する術を模索した結果なのだとしたら。もし、上位種がその試行錯誤の結果の一つだったとしたら。

 対抗手段が、必要だ。

「経過は如何様かな?」
『………老人の余計な茶々が入り、予定に少々狂いが出ております。上位種との戦闘のリスクは、計画の現段階では性急に過ぎる。こちらとしても失敗すれば有限な時間が更に無駄に浪費される結果となる為、愉快な事ではありませんな』
「困った老人だ。しかし彼もまたそれなりには今後の事を考えているから、無碍にも出来なくはある。なに、もとよりこのような事態を見据えてあの若人を繋いでおいたのだ。少々計画の段階を早めても問題は無かろう」
『そうあってもらいたいものですが、それは具体的根拠と確実性に欠ける発言です。第一あれは自分がどれほど重要な計画を担っているのかまるで自覚がない』
「だとして、どうする。まさか君が単独で援護に向かってみるのかね?心配するな、若人の心理的部分も考慮した」
『………計画が頓挫したら貴方様の席を私にお譲り下さい。憶測で物事を判断する学者にこの計画の主導は任せられない』
「人を欠陥呪法具のように扱わないで貰いたいものだ……切るぞ」

 今宵、世界のどこかの何者かが、呪獣の跋扈する奇夜に願いを託した。



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 漆黒の中にぽつんと浮かぶ二つのカンテラが照らし出す戦場(ステージ)の上で、二つの影が躍る。

「そこだっ!!」

 トレックは相手の正面に立たぬよう間合いを取りながら闇から飛び出した呪獣――これまでの個体より人の形に近い――に『炎の矢』を放つ。炎の弾丸は正確に呪獣の脳天を貫き、顔から肩にかけてが呪法の火につつまれてぼろぼろと崩れ去る。
 呪法には基本的に詠唱といった行為は必要ない。最初に呪獣と相手取ったときに態と術の名前を唱えたのは、より精密な力の調整が必要な際にそうするよう教え込まれたからだ。つまりはどんな状況でもそれを唱えれば反射的に術が放てるようにと仕込まれたルーチン。今はそれを行うほど心に余裕がない訳ではない。

 いや、そもそも詠唱が呪法に必須な場合、ギルティーネは呪法師に決してなれないだろうが。

 トレックとは反対方向から、放物線を描いて跳躍した呪獣をギルティーネがサーベルで無造作に切り裂いた。呪法は籠っていないが、余りに鮮やかな太刀筋をまともに受けた呪獣が怯む。しかし、その隙は不覚にも出してしまったものではなく、彼女によって故意に作りだされた隙だ。

「―――ッ!!」

 ギルティーネは裂くと同時に火打石を回転させるワイヤーを引いて火花を散らし『疑似憑依(エンカンター)』を発動。返す刃が纏う炎が呪獣を瞬時に焼き尽くし、絶叫をあげる間もなく闇に沈んだ。
 だが、直後に合流しようとした二人に怒声のような叫びが届く。ドレッドの声だ。

「二人とも、そちらに厄介な呪獣が行った!警戒されたし!」
「な――」

 に、と続く声を呑み込んだトレックは大地を全力で蹴り飛ばして跳躍した。直後、鈍色の影が凄まじい速度で二人の間を通り抜けていく。一瞬判断が遅れれば馬車に跳ねられるように吹き飛ばされていた所だ。トレックは急な危険に焦るとともに、忠告を飛ばしたドレッドに怒りの声をあげる。

「おい!!そっちで戦っていた呪獣ならそっちで片づけろ!!締約を破る腹積もりか!?」
「謝罪はするが、仕留めようとはした!故意ではなく純粋に失敗したのだ!君は呪獣の姿を見たか!?」
「ああっ!?さっきの鉄の色をした奴だろ!!………待て、鉄の色だと?」

 複数の呪獣を同時に相手取りながら返答するドレッドの声に、トレックははっとした。呪獣は全て例外なく漆黒の皮膚を身に纏う。色違いなんてものはない。
 だとすれば、先ほどの存在は呪獣ではなく猛獣の類だったのか?いや、それは否だ。狂暴な獣は呪獣を手出しできない格上と判断して距離を置きたがる為、呪獣との戦いには乱入してこない。呪獣は人を襲うが、人を襲う時に邪魔な存在も襲う。それを獣たちはよく分かっている。
 そこまで考えて、ドレッドはある恐ろしい推測を弾き出し、戦慄した。

「なら、まさか!?」
『ル゛ゥゥルルルルルルル…………ッ!!!』

 カンテラの照らす光のサークルの外から、聞くも悍ましい醜悪な獣の唸りが聞こえる。
 その獣がいる位置には、普通なら闇に融けるはずの微かな光が「高悪のある何か」に反射して微かに瞬いていた。その「何か」がギルティーネに狙いを定めるのと、彼女が剣を振るうのはほぼ同時だった。

 直後、ガキィィィィィン!!と、金属同士が衝突する音。

 ギルティーネの斬撃が完全に弾かれ、彼女の華奢な体が宙を浮く。
 最悪の光景が脳裏をよぎり、トレックは咄嗟に手を伸ばす。

「ギルティ………ッ!?」

 だが、それはギルティーネにとっては不要な行為だった。
 彼女は空中で体を回転させながら全身のばねを効かせて危なげなく着地し、瞬時にトレックの下に舞い戻ったからだ。その光景にホッとするのもつかの間、彼女を吹き飛ばした後に再び闇に突進するそれの姿を、今度は間違いなく確認した。

 背中の黒い皮膚と、体の前面を覆う人工的な物体を、確かに見た。

 そうだ、色が漆黒ではないと言う事は、その漆黒の皮膚の外に更に鉄のような色の何かを纏っているということだ。推測が的中して欲しくなかったトレックと、ドレッドの忠告の声とはもった。

「「奴は、人の鎧を纏った上位種の呪獣!!」」

 『鉄』の呪法の唯一の弱点……「同程度の硬度を持つ物質には効果が薄い」という点をカバーする、古代の兵士の鎧をまとった上位種の呪獣が、戦場に乱入した。


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話は続くよどこまでも。ただし更新速度はご覧の有様ですけど。
ちなみにこの世界では「鎧」は割と過去の産物です。昔は呪獣の攻撃を防ぐために大量生産されましたが、五行結界の安定化と前後して呪法師に機動力が求められるようになったので時代遅れになってしまっています。今でも衛兵系の人は軽量化された鎧を使っていますが、然程多くはありませんね。
1000年前の鎧が何で未だに頑丈なままなのかは次回にでも。 
海戦型
 
ちなみに
呪獣と書いてザンヴィーって読みますが、この名前の意味を調べればもっと予想選択肢が増えたことでしょう。それが直接的な答えであるかどうかは別としてですが。

人間の道具を使う呪獣は割と各地で確認されています。最低でもそれ位の知能があることは確かです。 
Y.T
 
呪獣って何だろ ?(予想)
①人類に対する地球の免疫(宇宙怪獣ならぬ地球怪獣)
②人類の負の想念の実体化
③呪法の反作用による世界修正力
④その他
ドーレダ?(´・ω・`)

>人の鎧を纏った上位種の呪獣
知能持った個体出現の予兆だったり!?