暁 〜小説投稿サイト〜
聖女
第四章
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第四章

「それで時にだ」
「何ですか?急に」
「後ろを見てみろ」
 不意にこう言ってきたのだ。
「後ろを。ちらりとな」
「ちらりとですか」
「そう、ちらりとな」
「何かよくわからないですけれどわかりました」
 師匠の言葉を受けて後ろを少しだけ振り向く。するとそこにいたのは。
「ああ、そういうことですか」
「いい感じだな」
「はい。奇麗ですね」
 師匠に顔を戻しながら述べた。
「はっきりとした美人ですね」
「ああいうのは奇麗とは言わないな」
 ミショネの先程の言葉は否定した。
「ああいう美人はな」
「じゃあ何ていうんですか?」
「妖艶だ」
 ワイングラスを右手に不敵な笑みで述べた言葉だった。
「ああいうのはな。そう呼ぶんだ」
「妖艶ですか」
「言葉の意味はわかるか?」
「何となくですけれど」
 師匠の笑みと言葉に含ませた響きからそれを察した。
「わかります。そういうことですか」
「美人といっても色々あるものだ」 
 こうミショネに話すのだった。
「それであの美人さんは」
「妖艶ですか」
「その通りだ。しかしな」
 不意に力の抜けたような言葉を漏らすジョバンニであった。
「それとはまた違うな」
「違うっていいますと」
「だから。僕が今描きたいものだよ」
 また急に画家としての顔に戻るジョバンニだった。
「あれじゃないんだよ」
「女の人じゃないんですか」
「女の人かも知れない」
 その可能性は否定しなかった。
「けれど。どうも」
「ああした人じゃないんですか」
「少なくとも娼婦じゃない」
 そしてこう言った。
「娼婦じゃないな、それは」
「娼婦っていいますと」
「娼婦というものは妖艶なものさ」
 ミショネに語る言葉はこれだった。
「そうだろう?といっても」
「そういう遊びはまだですよ」
 少し生真面目にこのことを述べたミショネだった。
「僕は。まだです」
「そんなに生真面目に言う必要はないだろ」
「いえ、やっぱり好きな相手としたいことですし」
「やれやれ、純粋なことだ」
「それでもいいと思いますけれど?」
「まあそれも粋ってやつだな」
 それでくくってよしとしたジョバンニだった。そしてそのうえで話を戻してきた。
「それでだ。描きたいのは娼婦じゃない」
「そうですか」
「あの美しさは娼婦の美貌さ」
 彼から見て向かい側にいるその美女を見ての言葉だ。黒い髪と瞳に紅い唇。肩も胸も大きく開いた紅いドレスから見えるのは大きな形のいい胸だった。
「夜のな」
「夜ですか」
「どうも今描きたいのは夜じゃない」
 そしてまた言った。
「どうにも。だから」
「絵のヒントにはならないですか」
「残念だがな」 
 言いながらワインを口に含んだ。
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ