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とある鎮守府の日常
手の届かない怪火
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 提督として言っておく。命令だ。お前の任務は――







 何の変哲もない日だった。
 何時もどおりの、悪く言えば代わり映えのない出撃から提督は帰ってきていた。
 深く椅子に体を預けると小さくギシリと鳴る。
 窓から見える外は既に暗くなってきていた。今日の出撃も終わりだろう。
 ポツリポツリと降る雨粒が閉められた窓のガラスに筋を作って流れていく。

 つい先ほど戻ってきたばかりで提督の体は疲労を訴えていた。
 軽く肩を回しながら片付けなければいけない書類を見る。さして量はないがそれが終わらなくては提督の業務は終了にならない。
 実際に戦闘を行なっていた艦娘たちに比べれば自分の疲労など作業の手を止める理由にはならない。そんな思いも提督にはあった。
 一息ついているだろう秘書艦が戻る前に終わらせるべく書類に手を伸ばす。

 出撃した艦隊の損傷度合いや消費した資材。新たに建造された艦娘の装備。入渠中の人員数。どれも大切な情報だ。
 特に、艦隊の疲労や損傷は特に留意せねばならない。

 少しばかりの感傷も提督にはあった。
 最後に回った海域は今の艦隊の練度から言えば大したことのない場所だが、提督とは関わりの深い場所だったからだ。
 
「……」

 ペンを握っていた手が紙の上で止まる。
 思い出したそれに提督は目を瞑る。溜まった疲労を感じるように全身から力を抜き椅子に深く体を預け、静かに息を吐く。

 チカチカと、光が弱まったのを提督は感じた。
 蛍光灯が寿命にでもなったのだろうか。
 そう思っていると、手の下の書類が風を受けて小さくはためいたのを提督は感じた。
 窓は締め切っていたはずだ。風が入る隙間など無い。
 それなのに確かに小さく風が部屋の中に入り込んでいた。

 今更ながらに提督は雨の音がはっきりと聞こえることに気づいた。
 まるで窓ガラスが知らぬ間に開けられているかのように、さめざめと雨が降る音が風に乗って提督の耳に届く。
 そして提督は気づいた。蛍光灯は切れてないどないことを。
 暗く感じたのはただ単純に、光を遮る何かがあるのだということを。

 自分の隣に、誰かがいるだけなのだと。
 雫が絨毯に垂れる小さな音が提督の耳に聞こえた。

「……雨の匂いがするな」

 ポツリと、提督は呟く。
 隣に立っている誰かが、とても懐かしい誰かの匂いを纏っているように提督は思えた。

 ほんの数分前に考えていたその誰かがいるなんて偶然、普通に考えるならばありえない。だがその想像が正しいとしか提督は思えなかった。
 そもそも、この部屋に誰かがいるという事実が有り得ない。気づかれずにこの距離まで来られるはずがない。

「翌日が荒れる、そんな雨の匂いがする晴れた前日
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