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あさきゆめみし―黒子のバスケ―
花 その三 春風と共に…

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 ザァー……。



 雨の音がやけに大きく聞こえた。

 部屋の中で膝を抱えているだけなのに、まるで体内で脈打っているように思うのは一切の照明器具を付けていない所為だろうか。



 何時かなんて知りたくない。



 どこにも行きたくない。



 誰にも会いたくない。



 今は何も見たくない。



 ……告別式も終わり、早苗(さなえ)の手元に残ったのは…。



 四月初旬の陽射しにうっすらと透けて風に舞う桜の花びらが黒子(くろこ)の顔を過ぎる。

 だが、彼はその美しさには目を奪われるどころかこちらをじっと見たままで、まるで身動きすら出来ない。


「……何故っ?」


 空気を再び胸いっぱいに吸い込んだのは一体何秒ぶりだっただろうか、唇が思わず小刻みに震えてしまう。

 目の前には、自分のものよりがっしりとした筋肉質な掌が差し伸べられている。

 それが彼のものだけならばどんなに良かったことか、現実は少女の淡い期待など桜の花びらと共に、遥か遠くの風の向こうに連れ去ってしまう。


「読みました」


「っ?!」


 更に前に突き出され、半強制的に受け取ったそれは明らかにあの日のものとは違う感触をしていた。


「残念です」


 その言葉が早苗(さなえ)の心に小さな針を刺す。

 自分でも解っていた。

 こんな素人の…それも当時中学三年生の書いた小説の真似事をした駄作が人様の心を動かすことはないと。

 けれど、……それでも良かった。

 ノートに内に溜まった思いを書く瞬間が、唯一の読者であった母方の祖母が笑ってくれさえすればそれで良かったのだ。

 ……しかし、もう、彼女はこの世にはいない。

 昔から病弱な人だったと両親が話していたのを聞いたことがある。

 その癖、…自分のことをお構いなしに他人との時間を何より大切にしていた。

 そんな祖母だったから大好きだったのにっ……何故、せめて、二年前の今日まで神様は待ってくれなかったのだろう。


「途中で終わってしまっているなんて」


 そう聞こえたのが先か、胸の奥底で膝を抱え込んでいる小さな渡辺(わたなべ)早苗(さなえ)が顔を擡げたのが先か、目の前にいる少年が微笑む。


「僕はその続き、読みたいです」
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