瞬刻の平穏
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胸に溢れる想いは止めどなく
自身の心から零れたいと喚いていた。
行かせまいと引き摺るのは数多の繋いだ想いの鎖と……自責と言う名の足枷。
日輪の如く弾けるような笑顔も
信頼と信愛を向けてくれる翡翠の瞳も
甘く耳に響く声音も
全てがただ愛おしく
自身の心に気付いてしまえば
どこまでも欲しいと願ってしまう自分は
存外、まだ人であるようだった。
人の本質は恐ろしく、板挟みの感情の渦にキリキリと押し潰されていく。
もう……彼女無しでは立っていられないのだろう
彼女が……自分を『人』に戻してくれる最終線だったのだろう
それほどまでに深く、自身の根幹に居座ってしまっている事にも気付いていて
きっと切り捨てたら莫大な痛みを伴って壊れる事も理解している
ならば……全てを手に入れよう
大切になった彼女も、生き残る全ての平穏も
傲慢に、欲深く、殺してきた人の為に、生き残る人の為に、何よりも……自分だけの願いの為に
全てを手に入れてしまおう
だからどうか……この嘘つきな自分の事を……
その場の空気は引き絞られた弓弦の如く張りつめていた。
ゆったりと椅子に腰を掛けて膝を組む秋斗と、慎ましく手を膝の上に乗せて隣に座る雛里。膝を着いている一人の兵士は、膨大な汗を流してその異質な空気に呑まれている。
くくっと自嘲気味に喉を小さく鳴らす音が聞こえ、雛里は静かに瞼を閉じた。
本城にて、彼らは桃香の判断を待っていた。余りに遅すぎる返答から、先の三つの内一つ目も非常に少ない確率でも在り得るやもしれないとして個別で対応の準備を行いながら。
そこに早馬によって齎されたのは、伝令の殺害によって報告が遅れ、白蓮到着によって漸く決断が下されたとの情報。
彼らが頭の中で立てていた予定よりも四日超の遅れである。
絶望の表情で言葉を区切る兵を見つめながら秋斗は目を細め、思考を回しながら小さく顎を引いて続けろと無言で伝える。
桃香の決断、そして朱里からの行動指示は――
「諸葛亮様からの指示は……曹操軍と同盟し、両袁家と戦を行う為に直ちに本隊と合流せよ。豫洲との境ギリギリに陣を組むらしいのですが、袁紹軍にぶつからないように最短経路とは別の道で来られたしとの事」
どうやって同盟を組むのか、とは二人も聞かない。朱里の能力への信頼から。伝令がそれだけしか無いという事は自分達の行動に集中して本隊は任せろという意味でもあるのだと分かっている為に。
そのまま兵に対して副長に徐晃隊を纏めさせろと指示を出し、ほっと息を付いた兵が扉を閉めて二人だけになると同時に、雛里と秋斗は目を合わせた。
不安の渦巻く雛里
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