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女房の徳
第八章
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第八章

「それから成長していくこともそうですし」
「それだけやなくて」
「結婚する時になったらやっぱり」
 そうして締めるように言うのだった。
「奥さんがよいのは最大の幸せですわ」
「じゃあわしは最高の幸せ者ですな」
「その通りですわ」
 もう茶も菓子もなくなっているがそれでも言葉を出すには充分であった。口が寂しくはなかった。
「その幸せをもたらしてくれた奥さんに」
「そうでんな。深く感謝して」
「これから生きていくとええですわ。しかし」
「しかし?」
 またしても僧侶の言葉に顔を向けた。
「何でっしゃろ」
「あれですなあ。案外六つの世界は何処にでもあるもんですな」
 彼は何度目かの僧侶としての顔を見せてきた。俗世のことを語りながらもやはりその心は仏の側にあるのであった。
「何処にでもですか」
「ここは人界ですな」
「はい」
 彼の言葉に頷く。
「そうですな」
「思えばこの人の世界の中にも他の五つの世界がありますわ」
「私は天国におるんでっしゃろか」
「そう言えますわ」
 真面目な顔で彼に述べる。
「前世の徳か奥さんの徳かそれとも御自身が知らずのうちに積んでた徳かはわかりませんが」
「その徳のおかげで天界におることができる」
「ところが他の世界もあるんですわ」
 そう述べたうえでまた言うのである。
「例えば生きながら常に何かに餓えてはる人がいますな」
「そうでんな」
 彼のその真面目な言葉に応えて菊五郎も真面目な顔になっていた。
「全く以って」
「それは餓鬼ですわ」
「まさにそうでんな」
 仏教の中にある存在で痩せこけ、常に餓えて何かを貪ろうとしている。しかしそれぞれの因果によってそれが果たせない哀れな存在だ。腹の中に虫がいたり喉が細かったりして常に痛みに苦しんだり飢えを満たすことができないでいるのだ。その苦しみの中で暮らしている存在なのである。
「それと同じになってる人もいますし畜生そのものに心が成り果ててる人もいますな」
「かと思えば修羅になっていたり」
 どちらも有り得るのだ。この上なく卑しい心になっていたり常に争いを求めていたり。そうしたさもしい心に成り果てている人間もまたいる。
「もっと酷いと」
「生きながら地獄にいて」
「これで不思議なんはあれですわ」
 僧侶は一旦首を傾げてからまた述べる。
「お金を持っていても貧乏でも。どうなっていてもそういう人はいます」
「お金の亡者になっていたり」
 菊五郎はそれを聞いて述べる。
「何でもかんでも卑しいまでに妄執したり。これは本当に人それぞれですわ」
「それこそほんまの因果でんな」
 菊五郎はしみじみと語る。
「何ででっしゃろ」
「やっぱり。何かを見ることが大事なんでっしゃろ」
 僧侶はそう結論付け
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