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作家
第四章
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第四章

「つい昨日のね」
「昨日のですか」
「ところがそれはもう六十年も前です」
 次に月日を出して微笑む。
「長いですね。六十年は」
「そうですね」
 僕もその言葉に頷いた。今度は僕が話を聞いていた。
「戦争ももう知らない人の方がずっと多いですよ」
「では共産主義は」
「それも過去の話でしょうね」
 僕はこう老人に答えた。
「まだ引き摺っている人間も多いようですけれど」
「そうですね。あれは」
 老人もこれに関してはわかっているようであった。
「もうそれしかすがるものがないですから」
「彼等にとってはですか」
「あれは似非宗教です」
 それまで温厚なだけであった顔に少し険が入った。
「そういうものです。ですからそうそう容易には」
「消えませんか」
「ですがそれももう僅かな力ですね」
「少なくともソ連があった頃よりは力はないです」
 これは事実だった。言い換えれば共産主義はソ連があった頃は力があったのだ。今残っているのはそれが忘れられずに蠢いているだけだ。
「全然ですね、それも」
「あの頃は全然違いましたから」
 老人はまた僕に言ってくれた。
「それこそ本当に大変でした」
「明日にも革命が起こりそうな雰囲気だったとか」
「そうでした。ですがそれも昔の話ですね」
「僕にとってはそれも信じられませんね」
 向かい側に座って微笑んでいる老人に対して答えた。安楽椅子に座る老人はそこで穏やかに過去を回想してそれを見ながら僕に語ってくれているのだ。
「歴史では読んでも」
「歴史ですか」
「そうですね」
 また答えた。
「僕の中では完全にそうです。歴史です」
「そういうものなんでしょうね」
 老人は僕のその言葉に納得したかのように頷くのだった。
「何もかも。時間が経てば」
「そうだと思います」
 僕はまた答えた。
「あの人もそうですね」
「もう。歴史なのですか」
 老人はまた僕の言葉に何かを思ったようだった。
「あの人との話も」
「僕の中では生きている感じはしないです」
「それですね」
 老人は生きているという言葉に反応を見せてきた。
「それなのです。生きているという感じです」
「それなんですか」
「私の中ではあの人は生きているんですよ」
 またその顔に回想が見える。暖かい日差しの中でその顔が照らし出される。
「ずっと。あの時の話も」
「申し訳ないですが実感が」
「やはりその時に生きておられなかったからですね」
「そうなります。やはり僕の中では歴史です」
「確かに歴史になりました」
 老人は僕の今の言葉に応えてくれた。
「ですがそれでも生きていますよ」
「貴方の中に」
「はい。若い日の思い出です」
 また穏やかな微笑みを見せてくれた。
「それ
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