暁 〜小説投稿サイト〜
Hidamari Driver 〜輝きのゆのっち〜
ゆののシルシ
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える。何時もはあっと言う間に感じられる距離が、今は何千キロにも感じられる。早く、早くと願い続けても自身が望む光景は現れず、同じ様な光景が延々と続くだけ。走る速度が次第に落ちていく。手を引くなずなの体力がもう限界に達しようとしているのだ。背後から追い掛けてくる足音は聞こえない。どれだけ走ったかは分からないが、少なくとも彼女を()くことはできたらしい。
 なずなの状態も考慮して近くの教室で休もうかとちらりと後ろを振り向いた瞬間、乃莉は戦慄(せんりつ)した。
「無駄よ。あなた達はここから逃げられない」
 撒いたはずの吉野家が二人のすぐ(そば)にいたのだ。彼女は乃莉が走り出す前と何一つ変わらない位置でくすくすと不気味に微笑んでいる。今まで影になっていて見えなかったが、彼女は仮面を被っていた。仮面と言っても、縁日で売っているような顔全体を隠すものではなく、仮面舞踏会で着けるような目元だけを隠す仮面である。
 ふと周囲を見渡してみると、ついさっきまで廊下だった風景は何時の間にか一変していた。まるでコラージュを用いた絵画のように壁や床は変質し、夕暮れの景色が広がっていた窓の外は紫と黒の渦が混濁した邪悪な闇と化していた。
「何? 何なの、これ!」
 辺りに広がる劇団イヌカレーのような空間に、乃莉は堪らず声をあげて、迫り来る吉野家から逃げようと再び走り出そうとする。しかし、直後、右腕にずしりとした重みを感じ、その場に倒れ込んでしまう。見てみると、隣にいたなずなが乃莉の手を握り締めながら気を失っていた。
「なずな? どうしたの、なずな。ねえ、しっかりして!」
「ここは『うめ時間』。私のような高い美術力を持つ者のみに許された空間。美術科の乃莉さんはともかく、美術とはあまり縁のない普通科のなずなさんは、立っていることすらできないわ」
 ふふふ、と妖艶な笑みを浮かべながら、吉野家はなす術もない二人に歩み寄る。
「さあ、観念なさい。貴女達の体は、私の芸術となるのよ」
 彼女の手が絶望に打ちひしがれる乃莉の頬に触れようとしたその時――
「そこまでよ!」
 邪悪の権現とも言えるこの異空間に少女の声が響いた。
「貴女は――!」「ゆの、先輩……?」
 彼女達が向ける視線の先にいたのは、やまぶき高校美術科二年、乃莉やなずなと同じく「ひだまり荘」に住まうゆのだった。普段は穏やかで可愛らしい性格の少女であったが、今目の前にいる彼女は同じ屋根の下に住んでいる乃莉ですら見たことがないほど真剣な面持ちで仮面を着けた吉野家を(にら)んでいた。
「私の大切な後輩から手を放して。芸術は自分の欲望を満たすためにあるわけじゃない!」
「あら。自分を(よろこ)ばせずして、どうして他人を悦ばせることが出来ると言うのかしら?」
 吉野家はまるで乃莉に興味を失ったかのように彼女
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