暁 〜小説投稿サイト〜
奇策
第七章
[1/3]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第七章

「くっ!」
 何とそのカーブの握りのままウエストしたのだ。咄嗟にである。
「外に外せば何とかなる!」
 外した。そしてスクイズは失敗に終わった。
「カーブの握りのままウエストができるのかどうか私は知らない」
「私もそれは無理だと思いますが」
「ただ一つ言えることがある」
「はい」
「江夏はスクイズがくることを察知していたのだ。勘でな。それが重要だ」
 普通では思いもつかない。広岡も森をそれを言ったのだ。
 思いもつかない作戦は行動に移せない。知略で知られるこの二人ですらそうなのだ。
 だが江夏はそれを感じていた。勘で、である。
「あの勘は怖ろしいぞ」
「はい、人間業ではありません」
 長い間戦いの世界で生きてきた。だからその勘の怖ろしさもわかっていた。
「とにかく少しでも勘付かれたらそれで終わりだ。江夏は必ず対処してくる」
「それはわかっています。ですが江夏にはやはりバントが効果的です」
「そうだな。あの体格を考えると」
「はい」
 二人はまた考え込んだ。
 やがて広岡が口を開いた。
「練習しかないな」
「私もそう思います」
 二人はほぼ同時に顔を上げていた。
「ナインに伝えよう。これから毎日バント練習だと」
「クリーンアップにもですね」
「当然だ。誰の場面でもないとできなければ意味がない」
 かってスラッガーマニエルにバントさせた男の言葉である。彼は相手が誰だろうが躊躇しない。例えチームの主砲である田淵であっても。
「参ったな」
 田淵は閉口してしまった。
「バントの練習なんてプロになってはじめてだよ」
「そうか」
 広岡は表情も変えずにそれを聞いた。
「では丁寧にやるんだ。バントは簡単そうに見えて案外難しいものだ」
「わかりました」
 かって阪神でホームランアーチストとまで呼ばれた男がバントの練習をする。これだけでナインは目が点になった。
「いいか」
 広岡は彼等をよそに説明をはじめた。
「まずはこれを見てくれ」
 見れば練習場の内野に二本の線が引かれている。ホームベースから一本はセカンドの定位置、もう一本はショートの。
「右バッターはショートの方に、左バッターはセカンドの方にだ」
「プッシュバントですか」
 選手の一人が尋ねた。
「そうだ」
 広岡は頷いた。
「いいか、これは江夏対策だ」
「江夏のですか!?」
「その通り、あの男の体格を見ろ」
 広岡はここで江夏の体格について言った。
「あの体型ではバントの処理は苦手だ。そこを衝く」
 彼は選手達を一瞥して言った。
「心配するな。絶対に成功する」
 広岡は選手達が不安を口にする前に先んじて言った。
「私を信じるんだ。これでプレーオフで日本ハムに勝てる」
 その口調は有無を言わせぬ程
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ