暁 〜小説投稿サイト〜
最後の花向け
第三章
[1/2]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話

第三章

 このことを思い出してだ。仲根は呟くのだった。
「わし、このまま終わりたくないわ」
 こう思い呟いたのだ。
「監督に見せたい、わしが打つところ」
 何があっても自分を見捨てずに教えてくれる西本に。
「監督が近鉄におる間に」
 こう強く思いながらバットを振っていた。西本の練習は厳しい。だが仲根はその練習の中で西本の熱さ、自分への愛情を感じていたのだ。
 彼は黙々と練習していた。しかしだ。
 相変わらず出場の機会はなかった。この年も。そしてだった。
 シーズン終盤にだ。彼はこの話を聞いた。その話はというと。
「えっ、監督が!?」
「そや、今シーズンでユニフォーム脱ぐらしい」
「近鉄の監督辞めるらしいわ」
「そうするらしいわ」
「何でや、いやそやな」
 仲根は最初その話を否定しようとした。しかしだ。
 西本はもう還暦を迎えている。監督としてはかなりの高齢だ。しかもだ。
 このシーズン近鉄は不調だった。清廉潔白な西本が不本意な成績に対して責任を取らない筈がない。彼の引退は少し考えてみれば当然のことだった。
 このことは仲根にもわかった。それでだった。
 彼は項垂れながらも納得した。西本の引退のことを。
 だが彼はだ。こう思うのだった。
「最後の最後に」
 何を思うかというと。
「監督に見せたい。わしが打つところ」
 それを見せたいというのだ。
「どでかいホームラン、まだ一本も打ってへんけれど」
 試合に出ていない。ならば打てる筈もなかった。
「そのホームラン監督に見せたい。絶対に」
 こう心に誓うのだった。そしてだ。
 西本自身の前にも来てだ。このことを言った。
「わし、ホームラン打ちます」
「打ってくれるんか?ホームラン」
 西本は確かに厳しい。しかしだ。
 厳しさだけで選手はついては来ない。誰もだ。心のない厳しさなぞ厳しさではないのだ。
 彼の目には愛情があった。選手達への、チームへの、そして野球への。
 その愛情のある目で仲根を見ていた。そしてこう言うのだった。
「そうしてくれるんやな」
「はい、監督に見せます」
 仲根は切実な声で。その長身から西本に話す。
「わしのホームラン、絶対に」
「そうか。じゃあ楽しみにしとくで」
 西本はその愛情に満ちた目で仲根を見上げながら応えた。
「御前のホームラン、調子がよかったらな」
「その時はですね」
「試合に出す。その時に打ってくれ」
「打ちます」
 絶対にだと。仲根も言葉を返した。
「その時見ておいて下さい。間に合ってみせます」
「間に合ってかいな」
「わし、ずっと監督に教えてもらってました」
 野球のことを、まさに全てをだ。
「けどわし芽が出てませんでした。けれど」
「芽を出すんやな」
「そのこと
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ