第一章
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第一章
御苦労さん
昭和四十六年日本シリーズ。阪急ブレーブスは巨人と戦っていた。
この時巨人は圧倒的な強さを誇っていた。無法と言うべきやり方で集めた戦力によってだ。まさに無敵だった。
その巨人に阪急は果敢に立ち向かった。これまで三度シリーズで敗れたがそれでもこの年も巨人に立ち向かった。その阪急のエースは若きアンダースロー山田久志である。
シリーズ第三戦のことである。その山田が好投していた。
巨人の誇る強打者達を次から次に打って取りだ。試合の勢いを作っていた。シリーズ全体でもこの試合に勝てば主導権を握れる、それだけ重要な試合になっていた。
山田はその試合において好投を続けたのだ。そして九回を迎えた。
この回を抑えればだ。試合に勝ちシリーズの流れも阪急に引き寄せることができる、山田にかけられた期待は大きい。阪急の監督である西本もだ。ベンチから黙って腕を組み彼の投球を見守っていた。
その九回だ。ところがここでだ。
山田はランナー二人を背負ってしまった。そうして迎えるのは巨人の四番王貞治。言わずと知れた史上最高の野球人である。バッターとしては最早言うまでもない。まさにその最大の強敵を迎えてしまったのだ。その王にだった。
山田は打たれてしまった。打球はライトスタンドに一直線に入ってしまった。まさに白い弾丸となってだ。山田も阪急も打ち砕いてしまった。
そのホームランはただの逆転サヨナラスリーランではなかった。シリーズの流れを完全に掴み、そして阪急を終わらせてしまったホームランだった。打たれた山田はマウンドに蹲り立ち上がれなくなった。
しかしその山田にだ。西本は一人迎えに言った。その西本に山田は言った。
「監督、すいません・・・・・・」
打たれたことをだ。涙を流しながら詫びた。だが普段は鉄拳制裁で知られる厳しい西本がだ。
優しい微笑みを浮かべてだ。こう告げたのだ。
「御苦労さん」
この一言で山田を連れて帰ったのだ。シリーズには負けた。だが山田久志という大投手はここからはじまったと言ってもいい。アンダースローの投手で歴代最高の勝利数を挙げた彼の話は。
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