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第八章
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第八章

「あそこで負けると野次受けながら帰ることになるやろ」
「ええ」
 球場の構造でそうなっているのだ。ベンチから客席の前を通って中に戻るからだ。
「あれも絵になるんやな。不思議なことに」
「そうですよね、本当に」
「九七年やったな」
 中沢さんはまたふと言ってきた。
「あのヤクルトにアホみたいに負けて止めに神宮で胴上げ見せられた」
「あの時ですか」
 覚えている。十六対一で負けて野村の胴上げを見せられた試合だ。忌まわしい。
「あの時も絵になった」
「不思議と」
「逆に西武球場での胴上げも絵になった」
 日本一の時である。
「両方な。絵になったな」
「その通りです」
「星野の胴上げも絵になったしな」
 中沢さんはにこにことしたまま話を続ける。
「逆になあ。あれもなあ」
 苦笑いになった。
「バレンタインの胴上げか」
「ああ、あれですか」
 僕もその話に苦笑いになった。
「絵になってましたね」
「何でや」
 中沢さんは苦笑いのまま述べてきた。
「敵の胴上げを見るのまで絵になって。しかもあんな負けで」
 あそこまでのシリーズでの負けはない程の負けであった。四連敗はまだある。しかしその全てにおいて惨敗というのはなかった。杉浦忠一人に負けたかつての巨人でもあそこまではなかった。九〇年の華麗なまでに西武に負けた巨人ですらだ。あそこまではなかった。
「絵になるんやな、これが」
「甲子園っていうだけじゃないですよね」
「そやな」
 苦笑いを止め真面目な顔に僕達はなかった。
「確かにここは凄いええ球場や」
「はい」
「ここまでええ球場は他にはない。世界一やろうな」
 設備の問題ではなく歴史なのだ。阪神だけでなく高校球児達の想いもここにはある。幾多の戦いのドラマの歴史がここにはあるのだ。勝敗に冷静でなければならない筈の主審がどちらにも勝たせたくなり涙で目が一杯になり判定すら辛くなったという話まである。これは高校野球の話だがそれもまた甲子園での死闘の一ページなのだ。この球場は魔物と勝利の女神が同時にいて特別のドラマを作り出してきているのだ。
「それは確かや。けれど」
「けれど」
「それだけやないやろうな、やっぱり」
「阪神だからですね」
 ここで僕は言った。
「やっぱり」
「そやな、阪神やからや」
 中沢さんの頷きは会心のそれであった。
「阪神やから。華がある」
「どんなことでも絵になる」
「そんな球団。他にはないやろうな」
「そうですね。どんなスポーツでも」
「阪神は麻薬や」
 中沢さんはこうも言った。
「一旦応援はじめると病み付きになる。そのままどんどん深いところに入っていって」
「離れられなくなる」
「そうやな。それこそが阪神や」
「はい」
「わしの身体は
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