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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
幕間2 弓月兄妹と学ぶ〈帝国〉史
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皇紀五百六十八年 六月 某日 某時刻 弓月家上屋敷第二書斎
弓月家長男 弓月葵


 故州伯爵・弓月家長男である弓月葵は一人、書斎の中で深い溜息をついた。
彼は今年から外務省条約局の通商課の一員として近日、頭を痛める日々を送っていた。
<帝国>水軍の海上封鎖対策やら、アスローン経由の<帝国>情勢の収集など外務省も天下の忙しなさに外れる事はなく終わりの見えない戦時体制に組み込まれている。
久々の休みではあってもどうにも持ち帰った資料の通読をしないと落ち着かないくらいには明日の仕事をこなすのに必死にならざるをえない日々である。
――まぁ豊久さんよりはマシか?あの人も義兄になれるように戻ってきてほしいものだ。
一通り目を通した書類の束を机にしまい、鍵を掛けて葵はぼんやりと窓の外を眺め聯隊のどうにか形にしようと四苦八苦しているであろう男に思いを馳せる。
死んだものと思われた時にはあの(・・)姉が涙を見せるなどという十数年ぶりの光景を目にする羽目になったのも記憶に新しく、できれば二度と観たくないと心底思ったものであった。
「御兄様。いらっしゃいます?」
 どうにもならない戦争と言うものへの恨み言を遮るように幼さを残した声が葵の耳に届く。
「碧か、珍しいな。何の用事だ?」
 そう云いながら扉を開いた先には弓月家の末女である碧がちょこんと立っていた。
「失礼、入れていただけますか?」

「あぁ、少し待ってくれ。一応片付けとくものがあるからな」
 役所仕事は形式主義と言われるが、中には必要な万が一を潰す作業も含まれている。
とりわけこうした機密の扱いはそうした形式の本義を知ってこその官吏である。




「で、何の用かな?いつもなら姉さんのとこにでも行っているだろうに」

「あら、折角のお休みなのに部屋でお仕事していらっしゃると聞いて見舞いに来た兄思いの妹ですのに、酷い言い草」
クスクス笑いながら碧は兄が手で示した安楽椅子に腰かける。
「〈帝国〉語の家庭教師の方がお止めになったでしょう?」

「通詞の仕事で徴用されたらしいな。時間があったら代理位はできたのだが」
 <皇国>軍はあれこれと必要な人材を法律家から板前まであれこれと掻き集めている。
当然ながら<帝国>語に堪能な者も例外ではない。

「で、自習用に御父様から本をお借りしてたのだけど良く分からないの」
 碧が拗ねたような口調で差し出した本を葵は懐かしそうに開いた。
「ん?あぁツァルラント大陸史録か、懐かしいな。良い歴史の入門書だけど、語学の入門には向かないだろうな」

「御父様は良い本だっておっしゃってたわ。御兄様だって昔は読んでいらっしゃったじゃないですか」

「そりゃぁ僕は外務省に入庁する前は史学寮で大陸史を学んでいたからな。
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