暁 〜小説投稿サイト〜
最初の夜に
最初の夜に
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[1] 最後
 暖房も使用していない、晩秋とも初冬とも言える微妙な日付。地上の喧騒から隔絶されたその部屋。今日と明日の移り変わり。
 黙々と。ただ、黙々とページを繰る音のみが支配する室内。

 豪奢なマンションの一室と思しきその部屋は然したる装飾品、調度品の類などが置かれる事もなく、彼女の背後には、その部屋の主の雰囲気に相応しい落ち着いた色合いのカーテンが、窓と、そして、彼女の空間との境界線を造り上げていた。

 その瞬間――

 ふと、視線を上げる少女。その精緻と表現すべきやや作り物めいた容貌には、何時も通りの感情を現す事のない透明な表情を浮かべ……。
 ………………。
 ……いや、違う。普段の彼女とは少し違う、微かな何かが今の彼女には存在していた。

 それは……。そう、
 失った何か。取り戻す事の出来ない何かを求める者に似た色合いを、その澄んだ湖に等しき瞳に浮かべていたのだ。
 それは……。どのような人間でも持ち得る。そして、その瞬間にこそ、人はやさしく成る事の出来る、懐かしき思い出に浸るかのような表情……。

 彼女の視線の先。テレビを設える為に置かれたサイドボードの上……やや右前方に置かれたその小さな時計は、短い針と、そして長い針が、現在、ほぼ一直線を示して居る。
 これは……。この時は彼女に取って、とても、とても大切な時間……。
 忘れ得ぬ思い出の始まりを示す時間帯。

 やや俯き加減で本を読んでいたが故に、少し納まりの悪くなったメガネを軽く整えるその少女。その繊細な印象を受ける左手の薬指には、室内灯の明かりを反射する小さな煌めきが添えられていた。

 しかし……、それだけ。

 コタツには、コタツ布団ひとつ掛けられる事もなく、テレビも、あの夜以来、映像が映し出される事は無い。

 ただ、時が止まったままのこの部屋。
 そして、もう一人の主人(あるじ)が再び帰り来るその時まで、絶対に変わる事のないこの部屋。

「相変わらず殺風景な部屋だね、ここは」

 刹那、少女と冷たい冬の大気。そして、夜の静寂(しじま)のみが存在するこの部屋に、それまで、一度たりとも響いた事のない男声(こえ)が響く。

 しかし、少女はその声の方向に視線を向ける事はない。
 ただ少女と、突如、現れた青年との間に時間(とき)が過ぎ去り、そして、冬と夜の精霊たちがその活動範囲を広げ、静寂の支配する空間内では、闇と光の粒子たちが、その支配領域の争奪戦を繰り返していた。

「おいおい。あれだけ愛し合った相手を、もう忘れたと言うのか」

 そのまま、無造作な仕草で少女の正面。……彼女が視線を向けたまま、虚空を見つめ続けている場所に、腰を下ろすその青年。
 さして身長が有る訳でもなく、そして、目立つ容姿をしている訳でも
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