飛び出したり 誘ったり 飛びかかったら その1
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車窓から走るように流れる景色は、広い海と建物の並ぶ坂道。
行き帰りを繰り返す波の音が響くなかで、潮の匂いが風に乗って吹き抜ける。
思ったよりも暖かなそれを肌で感じ、目を細める。ほんの一瞬だけすれ違う人々の談笑する声が次々と耳に入り込む。
穏やかでいて、どこか騒がしいところ。
この町に来たとき、俺が最初に抱いた感想だ。
祖母の家から三十分ほどした車での移動の後に着いたのは、坂の上にある古風な土産屋だった。
「それじゃあ、父ちゃんはちょっくら挨拶してくるから、ここで待ってろよ」
運転席から降りた親父はそう言うと、母さんを連れて一緒にその店に入って行った。
いまだから思うことだが、当時幼稚園にも通う前の子どもを見知らぬ土地で一人にするのはいかがなものだろうか。
ともかくそこにひとり待たされた俺はというと、初めて見る景観の家にかなり興味津々で、早速その土産屋の周りをうろつき回った。
裏口に通ずるように備え付けられた小さな門。それを遠慮なくくぐり抜けると、様々な花の植えてある裏庭がひろがっていた。
木々に隔たれたその一角が母さんに読んでもらった絵本の中のようで、俺はしばらくその花を眺めていたのを覚えている。
そのとき、いままでとは違う音色が聞こえてくるのに気づいた。
滑らかに奏でられているのは、あまり聞いた覚えのなかったピアノの音だ。
さらに、そこにふたつの音色が加わる。
ピアノのメロディに乗って聞こえてくるのは、女性の歌う綺麗なハミング。その声に続くように重なるのは、幼くてぎこちないハミングの歌声。
初めて聴くその音楽は軽快で、幼かった俺の心にも心地よく届いてきた。
聞こえてくるのは、その家の二階の部屋からだ。
そのまま俺は、両親に呼び出されて車に戻されるまで、そのメロディに耳を傾けていた。
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