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鳳苗演義
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そこには一人の青年・・・いや、少年にも見える一人の釣り人が座っていた。
教鞭のような鉄の棒先に糸を括りつけただけの竿に魚が掛かった気配はない。
それもそのはず、その糸の先端にぶら下がる針は釣り針ではなく縫い針なのだからかかる訳がない。
だが少年はそれでいい。彼は魚釣りを楽しみたいのではないのだから、最初から魚をかける気はないのだ。

「・・・幾らなんでもこれ以上のんびりはしてられんか」

少年はそうぽつりとつぶやき、懐に入れていた桃を一つ齧った。
少年には多くの名前がある。太公望、王天君、王奕、呂望・・・そのどれもが彼であり、同時に正しい彼ではない。
その中で真に彼を現す名前はたったひとつ・・・「伏羲(ふっき)」のみ。

伏羲は「それ」に気付いた時、もう何千年も前に終わったと思っていた自分にまだ果たす役目が残っているのかもしれないと感じた。”始まりの人”の一人として一度は自分も地球と同化しようかとも考えたが、太公望だった頃の自分が「そんなことをしては桃が食えぬではないか!」と拒否してしまいダラダラし続けてきた。

だが、その怠惰生活も不本意ながらいったん打ち切らねばなるまい。
何故ならば自分に残された役割を再び果たさねばならないやも知れぬのだから。
この魂魄の波動、伏羲には間違えようもない存在と同じ気配だった。

女禍(じょか)・・・」

―――私の最後のわがままだ、一緒に消えてくれ―――

彼女は魂魄ごと自爆して死んだ。
だが、もしも。あの恐るべき魂魄分裂能力でほんの一かけらでもこの星に彼女の意思が残っていたとしたら。
そして彼女が未だにあの頃と同じ意志を宿していたとすれば。・・・まぁ個人的には無いと信じたいが。それでも放っておくわけにもいかない。立場的にも、個人的にも。

「やれやれ、仙人界の連中に気付かれぬうちに様子だけでも見ておくか・・・」

最悪彼女が手に負えない時は彼らの手を借りねばなるまい。
そう心の中で呟きながら、伏羲は空間を操り虚空へと消えた。
彼の向かった先は嘗て「周」と呼ばれ、今は中華人民共和国の一部となったその大陸から更に東、その国の名を日出づる国・・・日本と言う。




 〜 鳳 苗 演 義 〜




「ふぅむ・・・なかなかどうしてよい街ではないか」

嘗て彼の過ごした古代中国の町とは全く以て似ても似つかない土地を歩く伏羲。現代化の波は彼が普段ダラダラしている中国でも押し寄せているためコンクリートジャングルも見慣れている伏羲であったが、この街――海鳴町の街並みを中々気に入ったようだ。ちなみに現在の伏羲の格好は大極図を描いた道士服代わりのシャツと何所にでも売っているようなズボン。どちらも人間界をうろつく時に良くする服装で、シンプル故に周囲に溶け込み
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