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或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
六月 野心なき謀略(三)
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、言い方は悪いがいい人身御供になってくれたよ。あれで過剰な役職争いにある程度の節度が産まれたんだ。
あくまで将家側の言い分なのは分かっているが、まだ将家は羹に懲りているよ。
ただでさえ衆民院が五月蠅いこの状況で他家を弱らせるにしても陸軍絡みでは仕掛けない筈だ」
駒城家重臣団の重鎮である馬堂家の代表者として豊久は慎重な口ぶりで云った。
 遠まわしに分室長としては衆民出身者を優先して監察すると言ったのだと受け取った岡田少尉は顎を掻き、衆民将校について思考をめぐらす。
「――ならば衆民でしょうかね?記者連中から再就職の斡旋を受けている可能性もあります」

「再就職?そっちは人務部が力を入れている筈だぞ?」
 豊久は不審そうに眉を顰めた。
「不満はあるでしょう。どうしても個人の伝手に左右されることが多いのが実情ですので」

「そういうものか?」
 目をしばたたかせる豊久に呆れたように岡田は云った。
「そういうものです」
 こうした視野の欠如は、将家の貴族将校と衆民将校の間にある隔たりを露骨なまでに現していた――わけではない。
衆民将校の中にも出世の芽がない将校を辞めてもどうとでも生きられる者達は幾らでも居た。というよりもそうした者の方が主流であったというべきだろう。
 富裕層が次男坊の為に将家の伝手を――といった事が多いからである。また、そうでなくても貴族将校が戦地で恩義のある下士官の利発な息子を幼年学校に、という事もあった。
水軍は水軍で廻船問屋の二男坊が――といったことが多く。また、こちらも大半の将校が外国語の知識や、操船技術を持っている事もあり、辞めても食い詰める事は殆どない。
 つまるところ、衆民将校が増えるにしても将校というものは基本的に富裕階層の者であったし、一部の例外もなんらかの形でそこに入り込むだけの伝手を持っている事が多いのである。

「失礼、どうも抜け落ちてしまうんだ、そう云う事は」
豊久は気まずい沈黙に耐えきれず、そう云って咳払いをすると
「そっちから洗う事も考えるべきか?
おいおい、これじゃあ結局、弾けるのは金遣いの荒くない佐官以上の幹部だけだ」
と決まり悪そうに笑った。

「それでも当面は情報源として文書課内部に限定されているから楽な方です。
雲をつかむような話を追っかけるよりはマシですな」

「あぁ、その点では楽と云えば楽だな。まぁ上層部までメスを入れるはめになったら火薬庫で花火祭りするような目にあっただろうが」

「ぞっとしませんな」

「まったくだ。そうなったら首席監察官殿を巻き込まなくちゃ太刀打ちできないな
――その時点で怖いな」
と冷や汗を流しながら主査は堂賀大佐の選別眼と己の幸運に素直に感謝した。


同日 午前第八刻 皇州都護憲兵隊 長瀬門前分隊本部庁
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