第二十三章
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第二十三章
「かつてはな」
「そうですか。漁師だったのですか」
「今はただの隠居じゃよ」
ここで言葉に笑みが入る。飄々とした人生の余裕を感じさせる笑い声であった。
「まあこの島のことは何でも知っておるよ」
「江田島のことを」
「この辺りのことものう」
江田島だけではないというのである。
「知っておるよ」
「それでは御聞きしたいのですか」
「この五つの地蔵のことか」
「はい、何なのでしょうか」
それを老人に問うのであった。
「残念なことに壊されてしまっていますが」
「ここがどういった島かは知っておると思うが」
「海軍ですね」
このことは言うまでもないことだった。江田島はその歴史において知られている島である。海軍という伝統が今でも存在しているのである。
それがそのままこの島の観光にもなっている。海上自衛隊と観光、この二つで島が成り立っていると言ってもいい程なのである。
その島のことは速水も知っている。幹部候補生学校で話を聞くより前にである。既にそのことはよく知っていることだったのである。
そしてそのうえでだ。老人と話をするのであった。
「それですね」
「うむ、そうじゃ」
また話す老人だった。
「それでこの地蔵もじゃ」
「海軍所縁のものですか」
「あそこじゃがな。知っておると思うが」
「兵学校ですね」
あえてこう呼んでみせた。今は幹部候補生学校と呼ばれているがその歴史は健在である。速水は歴史を踏まえてあえて老人に対してこう呼んでみせたのである。
「あの学校所縁ということですか」
「そうじゃ。兵学校の五人の教官達のことじゃ」
それだというのである。
「航海実習中に船が沈んでじゃ」
「事故ですね」
「昔はよくあったのじゃ。明治の頃の話じゃ」
「明治ですか」
「その頃の演習、まあ今でもじゃがかなり激しい演習じゃった」
猛訓練は海軍の伝統である。今はといってもそれはかなり抑えられている。流石に昔の海軍そのままというわけにはいっていないのである。だが老人はここではこのことを話さなかった。彼は自分の中にある海軍の記憶を語っているのである。今ではなかった。
「そしてその中でじゃ」
「船が沈んで、ですか」
「その教官達は生徒達を助けて自分達は死んでしまったのじゃよ」
「そういうことがあったんですね」
「折悪く嵐の時じゃった」
話は続く。嵐の中の演習でそれで事故が起こったというわけである。実際に海軍ではこうした事故が時折あったのである。かつての海は今の海より恐ろしい場所であった。何故なら船の技術が今とは比較にならないからだ。必然的に海が恐ろしいものになるのだ。
そうしてである。老人はさらに話すのだった。
「生徒達は助けたが自分達は海の中に消えてしまった」
「己
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