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銀河英雄伝説〜悪夢編
第二十五話 尻を蹴飛ばしてやろう
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うなものだ。

エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、私の夫……。私より三歳年下の二十二歳でありながら階級は帝国軍上級大将、宇宙艦隊総参謀長の職にある。若くして軍高官になったにもかかわらず武ばったところ、荒々しいところはない。華奢で物静かな所は学究の徒と言われれば皆が納得するだろう。

夫は仕事の内容、宮中での事などを家では一切口にしたことは無い。夜は別々に休んでいるがそれに不満を表す事も無い。あの事件で大怪我をしたがその事で私を責める事も無い。私の事を嫌っているのか、関心が無いのかと思う時も有るが仕事から帰ってくれば“困った事は無いか”、“分からない事は無いか”と訊ねてくる。私にはまだこの夫がよく分からずにいる……。

食事が終わりかけた時だった。ジンジャーエールを飲んでいた夫が話しかけてきた。
「アンネローゼ、先日も話したが明日、出撃する」
「はい」
「年内には帰って来られると思う」
「はい」
反乱軍が攻めてくる、兵力は三千万を超えるのだと言う。イゼルローン要塞が落ちた所為だと皆が言っている……。

「勝つための手は打った。多分勝てるとは思うが万一の事も有る」
「万一?」
「私が戦死する事だ」
平然とした口調だった。表情も全く変わっていない、まるで他人の事を話している様だ。

「ゲラー法律事務所にハインツ・ゲラーという弁護士が居る。私の父と親しかった人だ。その人に私の遺言書を預けてある」
「遺言書ですか……」
「そう、その人に相談しなさい」
「はい」
「心配はいらない、これからの生活に困ることは無い。それだけの蓄えは有る」
「はい」
何てもどかしいのだろう、ただ“はい”と答える事しかできない。夫は私の事をどう思っているのか……。

「一カ月もすればミューゼル少将がオーディンに戻って来るだろう」
「ラインハルトが……」
ラインハルトが戻って来る? ではジークも?
「キルヒアイス少佐も一緒だ。会うのは久しぶりだろう、楽しみなさい」
夫が私を見ていた。感情の見えない眼だった。思わず眼を伏せて“はい”と答えた。時々夫はそんな眼をする、決まって私が感情を読まれたくない、そう思う時だ。偶然だろうか……。

「あ、あの、今夜は」
「?」
「今夜は私の所でお休みになりますか?」
思わず口走っていた、顔から火が出る思いだ。夫がじっと私を見ている。恥ずかしくて顔を伏せようとした時だった。

「その必要はない、私は帰ってくる」
「……はい」
私は一体何を言っているのだろう? 夫には私が自分が帰ってこないと思い込んでいる妻のように見えたに違いない。縁起でもない、とんでもない女、そう思ったかもしれない。今度こそ恥ずかしさに顔を伏せた……。



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