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日本人に生まれた者の全ての仕事を保証する法案についての考察。あるいは追い詰められた人間の選択
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 刃に指を滑らせて、切れ味が出ていることを確認する。
 悪くない出来だと思う。人生で三本目にしては。
 包丁を水でゆすぎ、よく、水気をふき取る。
「ステップ1完了!」
 俺は携帯端末を操作して、仕事の過程を報告する。
 百年も昔は、現在のような仕事形態を「まるでゲームみたい」と揶揄されていたが、結果は成功だったと言われている。
 日本で生まれた者のすべての仕事を保証する。
 どんな人間でも、その人に合った仕事を提供する制度であり、基本的人権の中の社会権に追加された項目だ。当時のニュースは自由権を著しく損なうものだ、共産主義社め! と大騒ぎを起こしたが、いざ、可決されてみると、その実ほとんど何も変わらなかった。
 資本主義と、共産主義のいいとこどりというのがウリだ。当然、悪いところもあり、現在でも一部の団体が猛烈な抗議を行っている。中には過激派も多いらしく、ニュースなんかでも報道される。国会議事堂前での日本人による自爆テロは記憶に新しい。
 自由に仕事したい、と主張する人には、直接関わりがない法律であった。
 自由なんかいらない。とにかく、安定した仕事が欲しい、という申請を国にしたとき、その法律は真価を発揮する。
 国から支給される端末には、毎日いくつかの仕事が送られてくる。そのうち、できるものをいくつか選んで実行に移す。そうすると、お金がもらえる。ただし、もらえるのは円ではなく、ポイントと呼ばれる通貨だ。日本で生きている分には円と変わらない。個人でのお金のやりとりができないという点で不便だ。
 こなした仕事はすべて記録される。それによって、その人に合った仕事を効率よく提示し、よい仕事循環をつくれる。
 だがしかし、この制度で生きている以上、豊かな生活は望めない。日々、生きるために仕事をするので精一杯で、贅沢は月に一度。がんばっても週に一度だ。
 急に病気や事故で働けない体になっても、以前の働きによって変わらない給料がもらえるのがうれしい。補償金が支払われないというニュースは聞いたことがないが、もしもの時が一番不安だ。
 もしもの時が不安なのは、百年前も今も変わらない。一生懸命はたらいて、それだけだ。
 今回みたいに、オイシイ仕事が入ってくることもある。ある程度信頼を積めば、簡単で高い給料をもらえる仕事とも巡り会える。
 依頼された和包丁研ぎも終わり、あとは指定された場所まで運ぶだけの簡単な仕事。その給料は破格で、二週間働き詰めてやっと手に入る額だ。
 聞いた話によると、こういう仕事は信用を確かめる為の仕事らしい。いかに言われたことを忠実にこなせるかの勝負だ。
 愛情込めて水をやった金の成る木が芽生えた気分だ。
 俺は、乾燥した和包丁の輝きを確認して、丁寧に布に包むと箱に収めた。
 指定された場所は近所だった。
 小
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