暁 〜小説投稿サイト〜
命短し、恋せよ軍務尚書

[1/2]

[1] 最後 [2]次話
 退庁支度をしながら、上官がため息を洩らした。アントン・フェルナーは自分も手早く机の書類を片付けながら、表面的には何ら変わらぬ顔をしている軍務尚書パウル・フォン・オーベルシュタインへと視線をやった。
「浮かないお顔ですが、何か懸念事項がおありですか」
この卓越した状況判断力と決断力を持ち合わせる上官が、ため息をつくほどに持て余すことなのかと、いささか事の重大さを考慮して真剣な顔で問う。
今日は珍しく、まだ世間の夕食時という時間での退庁である。どちらかといえば気分も良くなるであろうに、オーベルシュタインは眉間に数本の皺を寄せて、いつになく不機嫌そうであった。誤解されがちではあるが、この男は普段から仏頂面をしていても、決して不機嫌さを表に出す人間ではない。仮に表に出すとしても、それは威圧や牽制を目的とした、完全にコントロールされた感情表現であるのだ。それが今は、まるで「漏れ出してしまった」という様子で、不機嫌さと憂鬱さを表していたのだから、感度の良い部下のセンサーに引っかからないはずがなかった。
「大したことではない」
詮索は無用といった様子ではあるが、それでも「ない」とは言わない上官に、フェルナーは興味を覚えた。
「なるほど、閣下のプライベートにとっては『大したこと』のようですね」
勘の良すぎる部下に呆れて、オーベルシュタインは苦笑した。
「本質的には公私両面においても瑣末なことだ。ただ、どうしても切り離せぬしがらみというものは、厄介なものだと思っていただけのことだ」
上官の意外な言葉に、フェルナーは僅かに目を見開いた。必要があればすべてを切り捨てるであろうこの上官でも、切り離せぬしがらみがあるのだということに、驚かずにはいられなかったのだ。
「逃れられない付き合いというものが、閣下にもおありなのですね」
オーベルシュタインは静かに首肯した。
「親兄弟はおらぬが、まったくの天涯孤独というわけではないからな」
そう言って再びため息をつくと、その義眼を下方へ向けた。何やら考えている様子の上官をじっと眺めていると、その顔がさっと引き締まって、フェルナーを見つめた。話してしまった方が、幾分かは気が楽になるとでも思ったのであろうか。
「祖父の所有していた土地で、帝室の別荘用にとゴールデンバウム王朝へ差し出していたものがあったのだが、新帝国になった際に返還されたのだ。その相続に関して、従姉と話し合わねばならぬ」
別荘とは言え、かなりの敷地だからな、という一言が、心底面倒くさそうに付け加えられた。
「はあ。財産というものはなければ困りますが、あったらあったで苦労させられるものですね」
「まったくだ」
そう締めくくりながら、フェルナーはふと違和感を覚えた。そのような折衝なら、むしろオーベルシュタインの得意とするところであり、ここまで嫌がる理
[1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ