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されど、我らが日々
第二章
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言えば夜の美しさ。

静かな湖面にうつりこんだ月影のような女だ。

俺の好みにどストライクだが、それは今考えるべきことではあるまい。何しろ相手は道端で犬に食われていたのだ。
「何故あのようなことになっていたか、聞いてもいいだろうか、女よ」
いつまでも女…と言っているのもどうかと思ったが、この状況で名前なり住所なり携帯なりを聞き出すというのはフェアではない。落ちていたとはいえ、拾ったのは俺の勝手なのだ。だから俺は遭えて名前を聞かず、この女を密かに『麗人』と呼ぶことにする。
「…あの、その前に…」
麗人は少し顔を赤らめて、もじもじし出した。便所か麗人よ。
「しらふで話すのは恥ずかしいので…ちょっと、頂けないですか」

――酒か!?

「…発泡酒しかないぞ」
「…それでいいです」

……なんだ、こいつは。

買い置きの発泡酒を卓袱台の上に置いてやる。酒ばかりというのも何なので、スルメを置いて、もやしを炒めてやった。俺の背後で、かしゅっとプルタブを立てる音がした。
「…死んだひとを、切ったことありますか」
まだ飲んでもいないのに、麗人はぽつぽつ話し始めた。
「あんたは、あるのか」
「……いえ」
ならばなぜ聞いた。
「でも、触ったことがあります。包んで、葬りました。…ごめんなさいね、って」
見習い検死官か、看護士か。
「…あれからいつも、思い出すんです。土気色に変わった肌の色とか、寂しそうな死に顔とか」
震えた鼻声が、徐々に細くなった。
「……お酒飲まないと、眠れないんです。…どうして私だけ、生き残ったんだろう。皆、ひどい死に方、したのに。食いちぎられて…首から血を迸らせて…誰にも看取られず、凍えて…」
……傭兵か!?
「ごめんなさい。イミわからないですよね、こんな話」
「…思ったよりも重そうな話だな」
もやしを置いて、俺も発泡酒をあける。…これは果たして、国内の話なのだろうか。
「重いです。…重くて、重すぎて、潰れてしまって。もう私なんか、死んだほうがいいのにって…酷い死に方、すればいいのにって」
空ろな視線を彷徨わせ、麗人は俯いた。
「辛かったら、無理しなくていい」
「……ありがとう」
力なく笑うと、麗人は缶を置いた。そして次の缶に手を伸ばす。おぉ、意外にハイペースだな、麗人よ。
「私、本当にダメで…いざとなったら、何も出来なくて」
「でも踏みとどまったんだろ。…頑張ったな」
ぐっと、麗人の口元が歪んだ。…泣き出しそうに。顔を直視できずに手元を凝視していると、缶を握り締めた指先に、ぽたぽたと涙が落ちた。
「あのひとが、死なせてくれないんです」
そう言って、缶をぐっとあおった。
「…走り書きの辞令をね、握り締めてたんです」
「辞令…」
「辞令。…次のことを禁ず。1、以後3年以内
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