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くらいくらい電子の森に・・・
第十八章
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血まみれの部屋。薄気味悪い血文字。自分を憎悪を含んだ視線で睨みつける男。…変わり果てた屍を晒す、自分の部下。

…それでも動じることなく、伊佐木は笑顔で佇む。

なんで笑い皺一本たりとも乱さないんだ。部下が足元で無惨に死んでるのに。…なんで判を押したように同じ笑顔でいられるんだろう。

「…いつから、そこにいた」
伊佐木を刺し通すような目つきで睨みながら、紺野さんがじりじりと距離を縮めた。彼は笑い皺一つ崩さず、首を傾けた。
「最初から、いたよ。廊下の角に」
「八幡が首を絞められていた時も、そこで見ていたのか…!?」
八幡が顔を伏せた。伊佐木は、駐輪場で僕に見せたのとそっくり同じな『同情の表情』を作って、八幡に振り向けた。

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「そんなに恐ろしい目に、遭っていたんだね。気がつかなくて、申し訳なかった」
「まだそんな事言ってんのか!!」
一気に距離を詰め、伊佐木のネクタイを掴んだ。伊佐木は笑顔のまま、一歩体を引いてネクタイを払う仕草をした。絹のネクタイは、するりと紺野さんの指を抜けた。
「こんな押し問答に、何の意味があるのかね。仮に私が、君が言うとおりに見て見ぬフリをしたとしようか。…それをここで糾弾することに、何の意味がある?」
「意味が要るのか?」
「紺野君。…知っての通り、営業とはチームワークだ。そして彼女は、私の大事なパートナーなんだよ。君の無責任な憶測で、私たちの間に溝が生じれば、ひいては会社の損失へと繋がる。分かるね」
「…あんたは部下が死体になって足元に転がってんのに、会社の利益のことしか考えられないのか!」
伊佐木の笑い皺の溝が、かすかに浅くなった…気がする。伊佐木は紺野さんから視線を逸らし、血溜りに転がる烏崎の死体に目を留めた。
「大変、痛ましいことになってしまった。彼ら自身も気の毒だが…これは、このままにしておくと大変な醜聞のネタになるね。さて、どう収拾するべきだと思う?」

――心底、ぞっとした。

柚木も言葉を失って、この男を凝視していた。同じ言葉を話すのに、何一つ心が通わない生き物と対峙しているみたいだ。烏崎に脅しつけられた時だって、こんな不快感はなかった。この人に『悲しくないの?』と問えば、駐輪場で見せたのとまったく同じ顔で『悲しくて、仕方がないよ』と答えるんだろう。
「知るか。俺達は中央制御システムを止める」
そう言って歩き出した紺野さんの前に、伊佐木が回りこんだ。
「…どけよ」
「一つだけ、この事実を『なかったこと』にする方法が、あるんだよ」
「杉野や烏崎の死を、なかったことに?」
「いや、この件にわが社が関わっているという事実だけを、なかったことにする方法だよ」
紺野さんは、眉をひそめて伊佐木を凝視した。相変わらず、笑い皺一本動かさない。
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