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売られた花嫁
第二幕その三
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ら懐から契約書を出してきた。
「あ、貴方字は読めますか?」
「ええ」
 イェニークはそれに頷いた。
「ふむ」
 そしてその契約書を読みはじめた。確かにそこにはクルシナの娘とミーハの息子を結婚させるとある。確かにそう書かれていた。
「確かに書いてありますね」
「はい。クルシナさんの娘さんとミーハさんの息子さんですね。確かに」
「クルシナさんの娘さんはマジェンカさんお一人ですね」
「ええ」
「そしてミーハさんの息子さんはあのヴァシェク君だけ」
「あれ」
 だがここでイェニークは思わせぶりに笑いながら首を傾げてみせた。
「何か不都合でも?」
「いえいえ」
 だがイェニークは左手を横に振ってそれを否定した。
「何もありません。お気になさらずに」
「そうですか。それで宜しいですね」
「まあそうでしょうね。それでですね」
「はい」
「そのヴァシェク君は一体どのような若者ですか?」
「気のいい若者ですよ」
 ケツァルはそう答えた。
「性格はね。かなりいいです」
 嘘は言ってはいなかった。だが肝心な部分は何一つ言っていないのである。こうした話の常ではある。そうしたところでも彼は商売人であった。
「そうですか」
「ええ。彼のことは御存知ない」
「そうですね」 
 イェニークは答えた。
「名前だけは聞いたことがありますけれど」
 彼もまた肝心なことは言わなかった。イェニークはケツァルのそれには気付いていたがケツァルはイェニークのそれには気付いてはいなかった。これが大きな差であった。
「左様ですか。では本題に入りましょう」
「はい」
 二人はビールをまた飲んだ後で話を再開した。
「それでですね」
「はい」
「彼女と別れてはくれませんか」
「ミーハさんとこの息子さんと結婚させる為ですね」
「そうです。おわかりになられましたか」
「一応は。ですが」
「貴方はまだお若い。相手なぞ幾らでもおりますよ」
 彼はそう言ってイェニークを宥めにかかった。
「それにそれだけ男前なのですから」
「男は顔じゃありませんよ」
 イェニークは笑ってそのお世辞に返した。
「男は心ですよ。真心です」
「いや、お金ですよ」
「お金なんてものはね」
 彼は言った。
「ちょっと頭を使えば幾らでも手に入りますから」
「強気ですな」
「それが世の中というものです。さて」
「はい」
 ケツァルは彼に顔を向けた。

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