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ボリス=ゴドゥノフ
第二幕その二
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第二幕その二

「そうじゃ。じゃが不思議じゃ」
「といいますと」
「殿下がそうした御身体なのは皆知っておった。それが何故馬車から身を乗り出しておられたのか。周りの者は止めなかったのかと思うとな」
「何故でしょうか」
「当時の摂政の一人が殿下の御身体の為と称して活発に動かれるよう殿下に言ったのじゃ」
「摂政の一人が」
 当時摂政団がいたのはグリゴーリィも知っていた。そのうえで頷いたのである。
「それがボリス=ゴドゥノフ、今の皇帝だったのじゃ。どうもそれを考えると腑に落ちぬ」
「あえて事故死されるように仕向けた、ということでしょうか」
「可能性はないわけではない。まあそれは年代記には書かぬが。殿下の最後の御姿は無残なものであった。首が折れ、頭から血を流しておられた。そして血の海の中に沈んでおられたのじゃ」
「無残なことですね」
「まだ七歳であられたな」
「七歳ですか」
 これを聞いたグリゴーリィはふと気付いた。
「そしてそれは何年前だったのでしょうか」
 そのうえで問うてきた。ピーメンは何気なくそれに答えた。
「十二年前じゃ」
「十二年前」
 それを聞いたグリゴーリィの顔色が変わった。
「それでは」
「御主と同じ歳になるな」
 ピーメンは彼の表情に何か暗いものが指したことに気付くことなくこう述べた。
「次の皇帝になられる筈だったのじゃが。わしは最後にボリスの話を書いて年代記を終えるだろう」
「はい」
「後は御主に任せる。御主は読み書きは得意だ」
 当時は僧侶といえど読み書きが不得手な者がロシアには少なくなかった。これは貴族においても同じであった。ましてや民衆は読むことすらあたわない。そのほぼ全てが文盲であった。もっともこれもまたロシアだけに限ったことではないが。文字が一部の者達のものであった時代であった。
「後は頼むぞ。この世の全てを書き残してくれ」
「はい」
 グリゴーリィは頷いた。ピーメンはそれを見て満足そうに頷くとゆっくりと立ち上がった。それからまた言った。
「朝になった。私は行こう」
「朝の御務めに」
「そうじゃ。それが終わったら暫く休む。ではな」
「はい」
 ピーメンは暗い部屋を後にした。出る時に蝋燭の火を消すことを忘れない。グレゴーリィはそんな師を見送った。そして
彼がいなくなった後で一人呟くのであった。
「若しかしたら私にも運が」
 そしてニヤリと笑った。笑い終えた後で彼もまた部屋を後にした。修道院から彼の姿が消えたのはその日のことであった。この時はまだリトアニアという国があった。後にロシアに併合されロシア革命の時に独立したがスターリンによって強引に併合された。そしてソ連崩壊の時にまた独立した。何度も甦った逞しい国であるがこの時は国がある時代であった。そのリトアニアとロ
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