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蝶々夫人
第一幕その八
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第一幕その八

「だから。哀しむことはないよ」
「勘当されても。貴方がいてくれる」
「だから哀しくないよね」
「はい」
 涙を流していたがそれでも笑顔になってきていた。少しずつ気を取り直してきていたのだ。
 気付けばその二人の周りはもう暗くなってきていた。周りを舞う桜の花びら達も少しずつだがその姿を夕闇の中に消そうとしていた。
「暗くなってきたね」
「ええ」
 蝶々さんはピンカートンの言葉に頷く。彼はそっと蝶々さんの身体を自分のところに引き寄せるのだった。
「鈴木」
 ここで蝶々さんは鈴木に声をかけた。
「はい」
「着物を用意してくれるかしら」
「あの着物ですね」
「ええ、そうよ」
 静かに鈴木に答えた。
「あの着物を」
「わかりました。それでは」
 鈴木は蝶々さんの言葉を受けてまずは家の中に入る。そうして暫くして黒い木箱を持って来た。そのうえで蝶々さんの側に控えるのだった。
「ここに」
「これで。夜の用意と整いました」
「これでだね」
「そうです」
 ピンカートンにも答える。
「夜も。これからも貴方と共に」
「そうだね。もうすぐ夜になるんだね」
「貴方と一緒にいられる時間がはじまるのです」
 蝶々さんはそれが永遠だと思っている。彼女は。
「今から」
「僕が側にいるよ」
 ピンカートンも何気なくそれに合わせて言うのだった。軽いというよりは特に何も考えず。
「だから。哀しみを完全に忘れてね」
「はい。貴方の妻になって」
「やっぱり日本に来てよかった」
 ピンカートンは無意識のうちに英語を出していた。だからこれは蝶々さんにはわからなかった。
「三ヶ月の間でも。こんな可愛い娘が一緒なんだ」
 そう呟いてから蝶々さんに向き直る。そのうえで彼女に言うのだった。
「蝶々さん」
「はい」
 彼に言われるのならば。蝶々さんも受け入れるのだった。うっとりとした顔で。
「今こそ君は僕のものになるんだ。今は桜色の衣だけれど」
「それが」
「白くなるだね」
「そうです。夜になれば」
 そう答える。既にその用意もできている。
「その白い衣に黒髪をなびかせた君が見たい。いいね」
「喜んで」
 うっとりとして答える蝶々さんだった。
「そんな私は何に見えますか?」
「月姫に」
 ピンカートンはうっとりとして答える。
「大空を渡る雲から降りて来る月姫様そのものだよ」
「私が。月に」
「そう。君は月だ」
 また言ってみせる。
「輝きを受けて人の心を捉える月なんだよ」
「この私が。月なら」
「僕はそれを捉えて白いマントに包んで大空の国へ連れて行く使者だ」
「貴方は。そうなのですね」
「今からそうなるんだ」
 ピンカートンもまたうっとりとした声で言うのだった。
「君と一
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