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レンズ越しのセイレーン
Mission
Mission7 ディケ
(6) キジル海瀑(分史) A
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「エル……?」

 今のはエルの悲鳴だった。

 ユティは踵を返して元いた海岸へ走った。ユリウスも後ろに付いて来た。


 あったのは、ユティにとっては、あってはならない光景だった。

 砂浜に倒れて苦悶の声を押し殺すルドガー。彼の傍らで泣きそうに声をかけ続けるエルとルル。ルドガーに治癒術を施すローエン。

「ミラ、何があったの」
「エルが波打ち際の海殻を見てたら、突然魔物が出たのっ。ルドガーはエルを庇って、そいつの攻撃を受けて」
「その魔物が、ルドガーさんに妙な術を施したのです。…っだめです…術の進行が止まりません! 今の状態を維持するだけで精一杯です!」

(この時代じゃ屈指の術士、指揮者(コンダクター)イルベルトの精霊術が効かないっていうの?)

 ルドガーは食い縛った歯の隙間から苦痛の声を漏らす。その様子を見たエルがさらにパニックに陥る。

「ミュゼ。術の性質、どんなの?」
「呪霊術」

 臨戦態勢のままミュゼが静かに口にした。

「生き物の命を腐らせる精霊術。解除するには術者を、『海瀑幻魔』を倒すしかないわ」
「カナンの道標の一つね。『海瀑幻魔の眼』」
「正史では絶滅した変異種よ。姿を隠して呪霊術で獲物を襲い、動かなくなった後、その血を啜る魔物」

 ユリウスがルドガーの前に膝を突く。焦点の外れた翠眼がユリウスを見上げるが、苦痛を堪えているルドガーは何を言うこともできない。
 ユリウスは砂の上で拳を握った。

「だから…っ、お前は来るなと、言ったのに…っ!」

 その時吐いた台詞は、術とは別のダメージを確かにルドガーに刻んだように見えた。

「! あっ、ぐあ、うぁぁ!!」
「ルドガー!?」
「やだ、ルドガー! ルドガーぁ!」
「しっかりしてください、ルドガーさん!」

 ローエンが術のレベルを上げた。それでもルドガーは少しも楽にならない。

「ローエン! そんなに霊力野(ゲート)を酷使したら、あなたもっ」
「ジジイ一人の命を惜しんでいられる状況でもありますまいっ。ルドガーさんは我々にとって、いいえ、この世界の未来にとって欠かせない方なのですから!」
「でも、このままじゃふたりとも」

 おもむろに横にいたユリウスが立ち上がった。歩いていく。海岸を。
 決然とした厳しい面持ちを見て、ユティは彼がしようとしている行為を理解してしまった。


 ユリウスは波打ち際まで行くと、双剣の片方で自らの右腕を迷いなく切り裂いた。





 ぼたぼた、と砂に落ちては広がる赤いシミ。ユリウスが流して失っていく血。

 激痛に混濁する意識でも、ルドガーには兄がした蛮行がばっちり認識できていた。

(何でだ、兄さん。俺にはもう利用価値なんかないだろ
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