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トロヴァトーレ
第一幕その三
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第一幕その三

「それでは早く戻って下さいまし」
「けれど」
 だがその貴婦人は戸惑っていた。
「あの方が来られないから」
「あの方とは」
「イネス、貴女は知らないのね」
 貴婦人は悲しそうな顔でそう答えた。
「あの方を。この前の馬上試合でのあの方を」
「何方でしょうか」
「知らないのね。あの黒い装束の方を。紋章のない黒い楯を持っておられたあの方を」
「申し訳ありませんが」
「あの方が優勝されて私が花の冠を授けたのよ。それっきり御会いしていないけれど」
「それなら」
「話は最後まで聞いて」
 彼女は強い声でイネスに語った。
「この戦いで。もう長いことになるわね」
「はい」
 この内乱がはじまってもう長い年月が経っていた。
「ある夜のことだったわ。静かで銀色の月が輝いているあの夜」
「はい」
「その夜に聴こえてきたあのリュートの音色。一人のトロヴァトーレが奏でたあの音色」
「それがどうしたのでしょうか」
「話はよく聞いて。そのトロヴァトーレは歌いながら私の名を呼んだのよ。レオノーラと」
「まあ」 
 それを聞いたイネスは思わず声をあげた。
「その歌が聴こえた露台に行くとおられたの。あの黒い服を着られていて。そのお姿はまるで夢の世界のようでしたわ」
「私はそうは思いません」
 だがイネスはそれには首を横に振った。
「何だか不安になります」
「どうして?」
 それを聞いたレオノーラは怪訝そうに尋ねた。
「何となくです。何やら不吉な予感が」
「そうなの。どうしてかしら」
 イネスは確かに不吉なものを感じていた。
「その方のことはお忘れになられた方がよろしいのでは?」
「何を言ってるの」
 レオノーラは眉を顰めた。
「それがお嬢様の為だと思います」
「貴女は何もわかっていないわ」
 レオノーラはそう反論した。
「だからそんなことを言うのよ」
「そうでしょうか」
「そうよ。私にはあの方を忘れることなぞできはしない」
「そうなのですか」
「そうよ。それが私の運命なのだから」
 彼女は半ば酔っていた。
「あの方を思い生涯添い遂げることが」
 それは恋に酔っていたのである。
「後悔なさいませんね」
「ええ」
「決して」
「勿論よ。何を言っているの」
「いえ。それならばいいです」
 イネスは何かを諦めたように答えた。
「私は全てをあの方に捧げるわ。この命でさえも」
「そうですか。それでは」
 イネスはそれを聞いて観念した。
「もう私からは何も言う事はありませんわ。それについては」
「そうなの」
「けれど今はおいで下さい。王妃様が御呼びですので」
「わかったわ」
 イネスに促されレオノーラは庭を後にした。暫くしてそこに白い服とマントに身を包んだ長身の男
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