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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
序 動乱の兆し
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皇紀五百六十七年 十三月六日 午後第七刻
馬堂家上屋敷 


 経済発展が著しい新興国〈皇国〉の都、その一角にある屋敷へと馬車から杖をついた男が降りたった、年の頃は四十半ばだろうか、軍服を纏ったその男は肩をいからせ、片足を引きずっているとは思えないほど足早に玄関へと向かっていった。

「お帰りなさいませ、若殿様」
 家令頭らしい老人が丁重な口調で彼をむかえた。

「辺里、父上――大殿はおられるか?」

「先程、内務省からお帰りになられました。大奥様と共に居間にいらっしゃいます」

「そうか、それでは父上に、私が貴方の書斎で待っている、と伝えておいてくれ」
 そう言いながら、兵部省 兵務局 対外政策課 課長である馬堂豊守大佐は書斎に入ると杖から安楽椅子へと身を預ける先を変え、不自由な足を投げ出しながら溜息をついた。
帳面を懐から取り出すが、それを開く間もなく書斎に逞しい体躯の老人が入ってきた。

「その様子では、矢張り〈帝国〉の動きがきな臭いようだな」

「――父上、これはまたお早いですね」

 豊守の父であり、馬堂家の当主である馬堂豊長は、精気に満ちた身のこなしで豊守の向かいに座ると鋭い目つきで話し出した。

「私もお前を待っていたからな。――内務省で不穏な話を聞いた。
先月に入ってから妙に羽振りのいい〈帝国〉人が頻繁に美名津に現われている。
〈帝国〉が我々〈皇国〉に対して圧力をかけているこの時勢に〈帝国〉の上流階級の輩が北領に態々訪れるか?」

「――確かに、〈帝国〉国外に出張る〈帝国〉の資産家と云えば政界に居る貴族か政商である大商人達の息がかかった連中です、政治に関わらない筈がありません。
随分ときな臭いですね――私からも防諜室に問い合わせておきます」
 豊守も眉をしかめ、帳面に書きとめた。

「うむ、おそらく彼らも動いているだろう何か分かるかもしれん。
――それで、兵部省では何があったのかね?」

 眉を顰めて老人が問うと、豊守も軍官僚としての顔をして応える。
「北領鎮台へ、動員を済ませた常備部隊六個旅団を主力とする兵団の派遣を行う事が決定されました。
問題はその中に我々の跡継ぎが含まれている事です」

「あぁ、確かに豊久が配属された大隊は龍州鎮台だったか」
 目を覆い、老人が呻いた。北領は島国である<皇国>を主として構成する六つの大島のうち最北端にある。龍州は皇都を有する“内地”の東北三州を総括して呼ぶ、北領とは龍州の龍口湾と美名津湾を拠点とした海運で結ばれている。
「――しかし、〈帝国〉との国境とも言える北領の軍備を増強するとなると〈帝国〉を刺激するのではないか?」
 豊守は慎重な口調で応える。
「〈帝国〉を刺激しない為に北領鎮台は、軍への改組は行いません。

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