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くらいくらい電子の森に・・・
第六章 (2)
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《……ガレ………マガレ》
―――なんだよ、よく聞こえないよ
《……マガレ……ニマガレ》
―――分からない!もう知るか!!
《――右ニ曲ガレ!!》
錆びた声が、ぴしゃりと耳朶を打った。僕は咄嗟に右にハンドルを切って一方通行の路地に飛び込んでしまった。
「うわあぁぁあ!!」
その刹那、対向車のヘッドライトが眼窩を焼いた。もう駄目だ、避けられる距離じゃない。僕と柚木はこのまま跳ね飛ばされて死ぬ……ぐっと目を閉じた瞬間、フロントに強い衝撃を感じた。
「……あれ」
思ったよりも痛くない。ぎゅっと閉じた瞼の裏は、ヘッドライトに透かされて赤い。…ということは、僕は生きている。そっと片目を開けた。僅かに凹んだバンパーと、マツダのエンブレムが視界に入った。
「あー! バンパー凹んだじゃねぇか!!」
若い男の声が降ってきた。ヘッドライトがまぶしくて顔が確認できない。…でもこの声を聞いた瞬間、安堵で膝が震えた。
「……紺野さん!!」
「あっ……姶良……?」
その声で名前を呼ばれたとき、情けないけど涙が出てきた。柚木も、僕の腰に回した手をゆっくりほどいて、声をあげて泣いた。
「おいおい……なんだ、これ」
からころちりん、と軽やかな音をたてて、ランドナーの部品が数個、壊れて地面に転がった。背後で一瞬車が徐行する気配を感じたが、やがて排気の音と共に消えていった。



僕は今、自動車の排気を体いっぱい浴びながら自転車を漕いでいる。

2時間以上逃げ回って体中ボロボロなのに、紺野さんに『その自転車を積むスペースはないぞ』と冷たく言い放たれたのだ。
「家に戻るのは危険だろうから、ひとまず俺の家に来い」
という流れになり、僕は再び紺野さんの車に先導されて自転車を漕ぐことになった。
さっき壊れ落ちた部品は大して重要なパーツではなかったらしく、普通に漕ぐには支障はない。しかし逃走時の驚異的な乗り心地はどこにいってしまったのやら、さっきからひと漕ぎするたびに『ぎいちょ、ぎいちょ』と変な音がするようになった。しかも変速機もどうにかなってしまったらしくて、ギアがチェンジできない。つまり、僕はヘトヘトに疲れているのに、坂道だろうが何だろうが容赦なくトップギアで重―いペダルを漕ぎ続けなければいけないのだ。

―――うわ地獄だ。軽い地獄だ……

息をあえがせながら、街灯の光をたよりに車内の様子をうかがう。さっきまで泣いていた柚木はもうすっかり落ち着き、照れ笑いすら浮かべている。広くて快適そうな後部座席で、あったか〜い缶コーヒーを飲みながら……

よかった……と思う反面、こん畜生、とも思う。

バックミラーごしに、紺野さんと目が合う。奴は明らかにニヤニヤしている。普通に、こん畜生、と思う。どっかの誰かのお陰で、2時間も走り通しで死にそうな目に
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