第96話 狐の新しい職場
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宇宙歴七九〇年 五月 バーラト星系 惑星ハイネセン
新しい任地について正式に交付されたのは、まったく根回しにもなってないアイランズの話から一〇日後。ハイネセン・セントラル内の国防委員会本部ビル内に幾つかある小さなレセプションルームの一つでであった。
現国防委員長のマチアス=ロジュロ氏から、統合作戦本部人事部と同じデザインで色違いの任命証を手渡され、ブラウンのボブカットの若い女性秘書によって、左胸にCの文字をあしらった徽章が付けられる。そして握手。右手を両手で包み込む、政治家特有のやり方で。
列席者の中にあって軍服を着ているのは四人。一人が首席補佐官であるロビン=エングルフィールド大佐。残りの三人が俺と同じ補佐官で中佐。そのうちの一人が俺の前任者となるヨゼフ=ピラート中佐となる。
「随分と若い君が後継と聞いて、私も些か驚いているのだよ」
僅か一〇分もかからず終わった一連の儀式の後で、ピラート中佐は、明後日には俺のオフィスとなる部屋で皮肉をぶつけてくる。整髪料で艶々だが、些かボリュームに欠ける髪。緊張感なくたるんだ頬に、澱んだ瞳。四〇歳と聞いていたが、五〇歳半ばと言ってもおかしくないくらいに老けていて、そして覇気が感じられない。
オフィスの模様も、軍艦内の画一的なオフィスでもなければ、宇宙艦隊司令部内の機能的なデザインでもない。銀行の重役室のような、シック(棒)な飾りつけにゴージャス(棒)な什器。ピカピカに磨き込まれた壷やゴルフセット、俺の月給でも足りなさそうな金ぴかの額縁と、何の意味があるかさっぱりわからない抽象画。ここが軍人の職場とは到底思えない。
「さっさと済ませよう。引っ越しの準備があるんでね」
ピラート中佐は牛革のソファにどっかりと座ると、対面に座る俺に向かって薄いファイルを放り投げてくる。低いテーブルを乾いた音を立てて滑ってきたファイルを開くと、国防委員会内部組織図と国防政策局オフィスの間取り(避難経路付)だけしか書いてない。ご丁寧に組織図の一か所だけマーカーで色が塗られている。
「これだけ、ですか?」
流石にたまらず俺が顔を上げると、ピラート中佐は何も言わずフンと強めの鼻息をついてから、軽蔑の視線を向けてくる。フェザーンの駐在武官をやっていた時以外ほぼ実戦部隊にいた俺にとって、正直次の任務は極めて難解だ。まず何をするのか分からない。わからないからこそ引継ぎが必要だと思ったのだが、ファイルには任務について何も書かれていない……つまり
「承知いたしました。口頭での引継ぎをお願いいたします」
「首席卒業者のくせに頭の回転はあまり良くないようだな」
「経験不足で配慮が足りず、申し訳ございません」
座ったまま首を垂れると、頭頂部の向こうから厭味ったらしい鼻息の圧を感じる
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