第一章
[2]次話
輪廻の中で
生まれ変わった時に前世の記憶はどうなるのか、若い僧侶の有光は師匠の有実に尋ねた。
「記憶は消えるのですね」
「大抵はな」
師は皺だらけの顔で若々しく面長の整った顔立ちの弟子に答えた。
「そうなる」
「そうですね、ほぼ誰もです」
弟子も師の話を聞いて言った。
「前世のことをです」
「知らないな」
「たまたま持っていても」
「僅かだな」
「全て持っていることはです」
「そんな人はいない」
「そうですね」
「六道を巡る中でな」
極楽道、人道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道をというのだ。
「前世の記憶はな」
「なく」
「そのうえでだ」
「魂は転生を繰り返し」
「やがてはな」
「その輪廻から脱却しますね」
「そうなっている」
こう弟子に話した。
「魂はな」
「記憶がなくなると」
それではとだ、有光は思い言った。
「どうにも困りますね」
「何故そう思う」
「記憶には罪や過ちのものもあります」
「逆に素晴らしきことをしたとか」
「不徳だけでなく」
それに加えてというのだ。
「徳もです」
「消えるな」
「どちらもです」
「全てな」
有実は有光に答えた。
「そうなる」
「左様ですね、それではです」
「前世の反省や徳をだな」
「全て自覚出来ず」
そうなっていてというのだ。
「また最初からです」
「学びな」
「行いを正しくし」
そうしてというのだ。
「やっていきますが」
「そうだな」
有実もその通りだと答えた。
「まさにそなたの言う通りだ」
「生まれ変わると何もなくなり」
「また最初からやりなおす」
「この様なことばかりでは」
どうにもとだ、有光は考える顔で言った。
「魂は何時までもです」
「同じことを繰り返しな」
「涅槃に至ることはないのでは」
「その生で悟りを開かねばだな」
「そうなのでは」
こう師に話した。
「魂は」
「そう思うか」
「はい、違うでしょうか」
「違う」
有実は有光に確かな声で答えた。
「そこはな」
「ではどう違うのでしょうか」
有光は師のその言葉に問うた。
「一体」
「確かに魂の記憶はその生限りだ」
有実は弟子のこのことは事実だと答えた。
「紛れもなくな」
「やはりそうですね」
「徳も不徳もな」
「そのどちらも。反省し振り返ることなくしては」
「徳を積むことは容易ではない」
「生まれる度に記憶がなくなるならな」
それならというのだ。
「そうなりますが」
「記憶はなくなるが残っているのだ」
これが有実の返答だった。
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