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老いらくの愛
第一章

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                老いらくの愛
 かつてフィリピンにバギオという国があった、この国にバゴボ族という部族がいた。
 この部族の酋長はバガニといったが。
「えっ、爺様その歳になるのにか」
「百七十三にもなってか」
「恋愛経験がないのか」
「そうだ、女房を持ったこともない」
 バガニはその皺と白い髭だらけの顔で言った、髪の毛はもうなくかなり痩せていて年齢を感じさせる外見だ。
「親戚から養子を貰ってな」
「家族にしてか」
「その養子さんが家庭を持って」
「それで家になっているんだな」
「おなごを好きになったことがないのだ」
 バガニは部族の若者達に話した。
「実にな」
「爺様滅茶苦茶年寄りだがな」
「何しろ百七十三歳だ」
「国でこんな長生きしてる人はいないぞ」
「他の国でもだ」
「途方もない長生きだが」
「それでもだ」
 こう若者達に言うのだった。
「それこそな」
「それはまた凄いな」
「その歳まで誰かを好きになったことがないとは」
「百七十三年生きて」
「それでもか」
「これからどれだけ生きられるかわからんが」
 それでもとだ、バガニは若者達に話した。
「おそらくわしはな」
「このままか」
「恋愛経験のないまま死ぬか」
「そうなるか」
「おそらくな」
 こう言うのだった、そしてだった。
 彼は日々を過ごしていたがある日だった。
 クデラートという部族の中ではかなり力のある家に招かれた時だ。
 長く艶のある黒髪に褐色のきめ細かな肌、見事な肢体に切れ長の長い睫毛の目に小さな桃色の唇、面長の小さな顔に高い鼻と細長い眉を持つ若い娘を見てだった。
 バガニは心を奪われ太った大男であるクデラートに尋ねた。
「あの娘は誰だ」
「わしの娘のマダヤオ=バイホンですが」
 クデラートはバガニにすぐに答えた。
「それが何か」
「大層奇麗な娘だな」
「えっ、まさか」
「惚れた、いやまさかだ」
 バガニは自分から言った。
「わしがだ」
「酋長は今までは」
「恋愛というかだ」
「誰かをお好きになったことがなかったですね」
「おなごをな、しかしな」
「うちの娘を見てですか」
「それでだ」
 そのうえでというのだ。
「わしはあの娘を妻にしたい」
「酋長がそう言われるなら」 
 クデラートは丁度酋長である彼の家と縁を持ちたいと思っていた、それでだった。 
 即座に娘をバガニの嫁にやった、盛大な式の後でバガニは大喜びで彼女を家に入れた。だが妻の方はというと。
「あの、確かにバガニ様は酋長で」
「素晴らしい人だろう」
「そうだけれど」
 父に眉を顰めさせて言うのだった。
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