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骸骨と姫
骸骨と姫
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[1] 最後
 冷たい。
 そう、お姫様は思いました。
 体の芯まで凍らせるような石の床に頬と掌をつけ、ドレスが汚れるのも構わずにお姫様はそっと瞳を閉じました。
 瞳を閉じてしまえば、お姫様は静かに流れる時間を感じることが出来ます。
 その間だけ、お姫様は自分が本当の自分でいられるような気がするのです。
 父も母も生きていた頃、純粋に、ただ守られて笑っていた、憎むこともこの世の汚れも何も知らない、花のような自分に。
 お姫様はふと瞳を開きました。
 お部屋のドアの前に、一分の隙もなく執事の正装を身に纏った骸骨(がいこつ)が、ただ立ってこちらに顔を向けておりました。
 それをみたお姫様は、一瞬で今まで感じていた幸せがどこかへいってしまったようで、心がざわざわと苛立ち、自然と眉根が寄ってしまうのでした。
「なに」
 お姫様は乱暴に言って、骸骨を睨み付けました。
 骸骨は何も喋りません。当然です。骸骨は動く以外は喋ることも、寝ることも、ご飯を食べることもなにもできませんでしたから。
 薔薇の茨で(おり)された冷たい塔の上にお姫様と骸骨はおりました。
 毎日毎日、きっちりと同じ時間に用意される食事、歩けるところは塔の中と庭だけ、代わり映えのしない日々に、お姫様は飽き飽きとしておりました。
 なにより一番気に障るのが、一緒にいる骸骨です。
 死んでいるはずの骨が動いている様は誰が見ても背筋にぞくぞくとしたものが走るほど気味が悪いもので、その色は黄ばんでいて触る気も起きない程汚らわしいとお姫様は感じていました。
「何の用」
 それでも骸骨は何も言いません。お姫様は気づきました。食事の時間になっていたことに。
 お腹はすいていませんが、食べなければ骸骨は何時間でもお姫様につきまといます。つかずはなれず、ただお姫様の近くに棒と立っているのです。それに比べれば、なにもいらないと拒絶する胃にむりやりものを押し込む方が、何十倍もましだと、お姫様は上半身を起こしました。
「ねぇ」
 ふと思いつき、お姫様は両手を骸骨に差し出しました。
「起こして」
 骸骨は微動だにしません。お姫様は更に心を苛立たせて、行き場のなくなった腕を下ろすと偶然手元にあったオルゴールを掴んで骸骨に投げつけました。
 オルゴールは骸骨の胸にあたって、ごとんと落ちました。落ちた拍子にたどたどしく、優しい音楽が鳴り始めました。
 お姫様ははっとしました。恋の歌。
 それは、お姫様のお母様が、好んで聴いていた歌でした。
 その音楽もなにもかもが気に障り、お姫様は苛立ちをどうすることも出来ずに骸骨の横をすり抜け、石階段を駆け下ります。
 オルゴールが鳴る部屋からは遠く離れたはずなのに、懐かしい音楽はお姫様を離そうとしません。幾ども、幾たびも、澄んだ音はお姫様の心を取り巻きます。
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