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勇者と少女
勇者と少女
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[1] 最後
「わるい魔王は倒されて、せかいは平和になりました」



 小さい頃、俺は絵本が好きだった。



 童話、SF、ファンタジー…とりわけ、俺は勇者に憧れた。



 友達と一緒に当時流行っていた『ギンガマン』の真似をしては取っ組み合って笑っていた。



 学校で提出する将来の夢を書く紙に『悪をやっつけるヒーロー』と書くぐらい、俺は勇者に憧れていたのだ。



「クトーエター?」



 廃墟のような家の前を通りかかった時に聞こえたのは、日本人には馴染みのない、独特の発音だった。ロシア語。



 日本語に訳すなら、『どちらさま?』とでもいったところか。



 ぼろきれを寄せ集めたような服で体中を包まれているちいさな女の子が顔を出す。



「ズドラーストブィチェ」



 定形の挨拶をし、俺は女の子の目の高さに膝を折ると言った。



「きみに危害を加えるものじゃない」



 女の子は、子供特有の真っ直ぐな瞳でただ俺をじっと見た。



 歳は小学校ぐらいか。頭にはくすんだオレンジ色のスカーフを巻いている。



「取材の人?」



 女の子は首を傾げると言った。



 その答えに俺の眉根は知らず、寄った。



 そうか。初対面の人間にそんな質問が出るぐらい、ここには無粋な輩が踏み込んでいると言うことだ。



「違うよ」



 身の奥で燻る怒りを抑えて、俺は女の子を怯えさせないように優しく言った。



「違うの?じゃあ何をしに来たの?ここは『ゾーン』だよ」



 女の子は慌てたように言った。俺を、立ち入り禁止区域(ゾーン)と知らずに迷い込んできた旅人とでも思ったみたいだ。



 子供が持ちうる純粋さで、見ず知らずの旅人のことを心配している。



 優しい子だ。



 今はもう、世界中、いや地球自体が『死のゾーン』と化しているというのに。



「俺は日本から来たんだよ」



 そう言うと、女の子は驚きに目を見張った。



「フクシマ?」



 たどたどしく、しかし確実にその唇は「福島」と発音した。「チェルノブイリ」も、「フクシマ」も、その国独自の言葉でありながら世界共通の単語となってしまった。



 遙か前の事故だというのに、世間は忘れないのか。それともここが、ウクライナの『ゾーン』で、放射能汚染と切っても切り離せない関係にあるからか。いや、それとも…地球の放射能汚染が手遅れなレベルに来ていると、世間が気づいてしまったからか。



 歴史的な大惨事は、人の心に残る。



 百年
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