第十七章 それでも時はやさしく微笑む
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おそらく、同じ画面を見ている治奈も、カズミもだろう。
至垂の後ろに映っているのは、
口にさるぐつわをされ、後ろ手に縛られている、よく知る少女の姿だったのである。
目に涙を浮かべ、懇願の表情で、画面越しにこちらを見ているのは、
明木史奈であった。
その隣には、魔道着姿の、ナイフを持った女子が立っている。
笑みこそ浮かんではいないが、冷淡な顔で、涙目で怯えている少女の頬に刃をそっと当てている。
姉である治奈の、断末魔の絶叫にも似た、凄まじい悲鳴が聞こえた。
小さなスピーカーから、バリバリと割れた音質で。
「フミ! フミ!」
狂乱の中、妹の名を叫ぶ治奈。
「至垂! てめええええっ!」
カズミの、怒鳴り声、壁か机か、なにかを激しく蹴る音。
アサキは、すっかり頭が真っ白になって、なにも考えらなくなっていた。
手が震え、身体が震え。
なんにも出来ず、考えられず、ただ、そのスピーカーからの音を、叫びを聞いている。
沸騰、しそうだ。
全身の血管が、破れそうだ。
荒い呼吸で、立ち上がる。
画面の中で笑っている至垂徳柳を、睨み付けた。
視線や態度に気が付いたようで、至垂は、どうもという感じに軽く頭を下げた。
アサキは、自分の胸へとそっと手を当てた。
どっ、
どっ、
心臓が、内側から胸を突き破りそうだ。
「きみたちさあ、こんな遅い時間だけど、もしも暇なら……」
至垂は笑みを深め、ひと呼吸、そして、
「遊ぼうか」
甘い声。
顔には喜悦。
背後には、魔法使いにナイフを突き付けられている史奈の、脅え切った姿。
「うああああああああああああああああああ!」
アサキは、叫んでいた。
こんなことをして、楽しげな顔でいられる、至垂への不快感、ドス黒い怒りの感情に。
部屋着姿のまま、部屋を飛び出した。
「どうしたの? アサキちゃん、凄い声で……」
居間のソファから直美が声を掛けるが、アサキは脇目も振らず真っ直ぐ玄関へ。
運動靴を履き、マンション通路へ。
階段を駆け下り、外へ出た。
月夜の下を、走り出した。
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