第四章
[8]前話
源内は福助と共に家に帰ってそうして寝た、そして翌日今度は鰻屋に入って鰻を待つ間に男に話した。
「まさにそのままだったぜ」
「消えましたか」
「そうだった」
「そうですか、実際にそうなりましたか」
「これがな、面白かったぜ」
「怖くないんですね」
「取って食われなかったし襲われなかったしな」
だからだというのだ。
「別にな」
「そうですか、肝っ玉が凄いですね」
「そうか?しかしな」
「しかし?」
「考えてみたら江戸も不思議なことが多いな」
こうも言うのだった。
「色々とな」
「そういえばそうですね」
男もそう言われると、と頷いた。
「何かと」
「そうだよな」
「ええ、本所も」
「人が集まるとな」
「不思議なことも多いですか」
「人以外のものも集まるか人が見るか」
「その不思議なことを」
源内のその言葉に応えた。
「そうですか」
「そうかもな」
「そうですか、そういえばです」
ここで男はこうも言った。
「今こうして鰻屋にいますが」
「ああ、それがどうしたんだ?」
源内は煙管を吸いながら応えた、長いそれを吸う姿も様になっている。
「一体」
「先生去年鰻屋さんに相談されましたね」
「ああ、夏鰻が売れなくてか」
「そうです、それでどうしたらいいか」
「土用のことだな」
「それで丑の日に鰻を食べればいい」
「あれな、元々鰻は夏痩せにいいしな」
源内は笑って話した。
「精がつくからな」
「だからですね」
「ああしてな」
「夏の土用丑の日に食べるといい」
「そう言ったらな」
それでというのだ。
「売れるもんだ」
「それでああしろと言われたんですね」
「そうさ、面白いだろ」
「そのこともですね」
「何かとな、じゃあ今から鰻食うか」
「それも面白いですね」
「そうさ、面白いことなら何でもやる」
源内は陽気に言った。
「それでいいじゃねえか」
「そういうものですか」
「ああ、おいらは面白いと思ったら何でもやるぜ」
笑って言ってだ、そのうえで。
源内は鰻を食べた、土用ではないがその鰻は実に美味かった。彼はその鰻を食べて笑顔になった。その顔は実に面白そうだった。
送り提灯 完
2021・8・15
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