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べとべとさんがいたので
第一章

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                べとべとさんがいたので
 奈良県桜井市の話である。
 駅前を歩いていて俵幸松は妻の志奈子に言った。
「ここもな」
「ええ、完全にね」
 志奈子は自分達の左右を曇った顔で見ながら夫に応えた。二人共髪の毛は白くなっていて顔に皺が目立ってきている。
「寂れたわね」
「よく子供を連れてきてな」
「お買いものもしたけれど」
「今じゃな」
 それがというのだ。
「この有様だな」
「どのお店も閉店してるわね」
「お菓子屋も肉屋も」
「パン屋さんもたこ焼き屋さんも」
「服だって売っていてな」
 夫は苦い顔で言った。
「中華料理店だってな」
「あったのにね」
「うどんもお好み焼きも食えた」
 桜井の駅前ではというのだ。
「それでボウリングも出来たのにな」
「それがね」
「何もなくなったな」
 四角い顔を暗くさせてだ、夫は言った。小太りの身体に次第に脂肪がついてきている感じである。腹も出ている。
「ここは」
「そうよね」
「いい店が沢山あったのが」
「もうね」
「この有様か」
「国道の方はお店が多いけれど」
「駅前はな」
 今自分達がいる場所はというのだ、見れば見事なシャッター街であり開いている店はまさに一店もない。
「こんな風になったな」
「こうなるなんてね」
「思わなかったよな」
「ええ」
 妻は夫の言葉に頷いた。
「ずっとここに住んでるけれど」
「わし等の若い頃は元気があった場所だったのが」
「こんな風になるなんて」
「わからないものだな」
「そうね」
「ここに来ると今は辛気臭くなるな」 
 どうしてもというのだ。
「本当に」
「昔を懐かしんでね」
「またここが賑やかになったらな」
「いいのにね」
「全くだな」
 二人でこうしたことを話してだった。
 駅前から少し離れた場所にある家に戻った、昔は子供と一緒だったがその子供は成長して結婚してだった。
 そのうえで今は大阪に住んでいる、だが夫は家に帰ってから妻に言った。
「今度の休み美沙も帰って来るな」
「そう言ってたわ」
 妻は夫に答えた。
「携帯でね」
「そうか、帰って来るか」
「雄馬さんや孫達もね」
「連れて来てくれるか」
「そう言ってるわ」
「一家で来るか、それで泊まるんだな」
 夫は妻にこのことを確認した。
「うちに」
「ええ、お休みの間ね」
「わかった、じゃあな」
「おもてなしするわね」
「あとわし等がいなくなったらな」
 夫は妻にさらに話した。
「もうこの家もな」
「どうするかね」
「あいつとそのことも話すか」
「あの娘今は東大阪にいるから」
「そっちで家を買うのか?」
「どうかしらね」
「家を買うんならな」
 それならというのだ。
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