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さよならが待つ向こう側へ
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 知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。ああ、もしかしてまたあの夢だろうか。瞬きひとつ、やがて見えてくる光景は全て色彩を欠いたモノクロで、誰も居ない。けれど、喪失や無とは違う――そんな"どこか"の施設。それは何故かと問われても、明確な言葉に出来ないのだが。
 しかし敢えて言うならば、ここには不思議な気配がいくつもあるから、だろうか。霊感なんて持ち合わせていないし、もちろん視えるなんてこともない。でも確かにそれらは温かく優しく、時折冷たくもありながらどれも、"わたし"を受け入れてくれる。だから、自然と足が動き出そうが目的地が分からず終いだろうが、辿り着く先を恐れる必要はないのだ。

「あ、やっぱり……」

 同じような作りのドアが並んだ一画、とある部屋の前でぴたりと歩みが止まる。電子的な音を鳴らしながら開いた中へ再び歩を進めれば、無人かつ質素な内装が広がっていた。これまでの夢を含め様々な部屋へ入ったが、どうやら最後は必ずここへ来ることが決まっているらしい。
 乱れのないベッドと小さな丸いテーブルが一つ、壁にはテレビではなく通信用のモニターが埋め込まれている。入り口の左手には、制服と僅かな私服を掛けられるくらいのクローゼット付き。ホテルのような生活感の乏しい一室だと思う反面、自室に居るような安心感すら抱いてしまう。きっと私ではない"わたし"がどこかで使用していた空間なのだろう。
 どこにも窓はないのに、小春日和を思わせる柔らかな風が前髪を揺らす。撫でられている気分だ。ふふ、小さく笑い声が漏れて頬が緩む。さあ、今度は何が待っているのかな。

 最初は私が髪を結っているものと似た群青色のシュシュがテーブルの上に置かれていたし、いつかは犬か狼あたりのふわふわしたぬいぐるみが二つ枕元にあった。この前は……そうだ、手触りが気持ちいいベルベット生地の巾着袋。どうしても中身が気になったから一応小声で断って、そっと指を潜り込ませたところ、滑らかで肌によく馴染む木片が何枚も出てきた。檜とは少し違えど良い香りがするそれらにはルーン文字が一つ一つ刻まれていて、やっぱり彼の仕業じゃないかとふき出してしまったのはここ最近の記憶だったりする。

『思い出にいつでも出てきてほしい』

 本の言葉なのか、"わたし"の切なる願いなのか。いつの間にか手にしていた真っ白な無地の便箋には、その一文だけが煌いている。つ、と文字から目を離すと、先程まで無かったはずのものがあった――言葉では表現出来ない、綺麗なブルーの花瓶だ。すらりと細長いそれは一輪挿しであろうに、肝心な花が見当たらない。なるほど、今回はこれなのだろう。
 モノクロの世界の中でただ一つ、色付いて見えるもの。その彩りに触れながら、大切に想う彼を脳裏に浮かべたら、やがて朝が来るのだ。倒さない
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